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2017.6.18(日)
阿尾港に来た時は必ず白鬚神社に参拝。
いつも、境内が綺麗に整えられている。
地域で大事にされていると解る。
和歌山県神社庁の解説より
「今から400余年前、後奈良天皇の天文の初年、滋賀県高島郡高島町の白鬚神社より、その分霊を奉戴して社殿を営んだのがそのはじまりであると伝われているが、一説には250年程前、享保7(1722)年より10年までの間に、時の光徳寺住職俊了法師が、区内9戸の戸主と共に白鬚神社に参詣してその分霊を御勧請申し上げたといっている。
このことについては、昭和32年本社改修の際発見された本殿の棟札に「享保十四年竜集巳酉六月穀且再興、領主光徳寺了応」とあり、この面から推察すれば、享保七年7勧請してわずか67年後に再興したと見るよりも、天文の初年に建立したものを再興したと見る方が自然であると思われる。
明治6年春日神社、蛭子神社を合祀したが、昭和27年分祀して田杭区内へ戻した。
境内社には弁財天神社、稲荷神社、恵美須神社を合祀している。
明治6年に比井村社となり、昭和28年に拝殿を改修した。
県の指定文化財となった「くえ祭」は、上座といわれる9戸の家が代々秋の御祭礼の諸行事(特に神饌の調理等)をとり仕切っているが、これは勧請にたずさわった家々といわれている。
例祭の行われている祭典で、上座、下座、御座、神置(神招きの家)、お毒味、熟饌48種等の諸行事はいずれも古式を伝える。
又、「くえ」という魚を塩漬けにしたものを丸太にくくり、又4斗酒樽を丸太に結んだものを若衆がかついで押し合いつつ御神前に捧げる行事である。
(くゑ祭りのくゑの料理)
くゑの料理も行事の一つである。
くゑの調達は当番の責任であるが、当祭礼にとってくえはなくてはならぬものであり、年によってその水揚げがおくれる様な場合、当番の心配は一方ならぬものがある。
昔は入手の為に、地元の「大あま(大海士)」に依頼して弁当と日当を支給して、専念してもらふ事も暫々あったと聞く(最近は大阪、和歌山の魚市場を通して全国に問い合せ、入手する事が可能である)。
その為、くえの水揚げを見た際の当番のよろこびは非常なものである。
料理に際し、宮司は当番の依頼によって、最初に包丁を入れる事になっている。
その際は、左手に包丁を持って腹部の皮を切りさく事になっている。
その後の料理は、古老の指導で身及び胃袋は供物に、皮と骨はくえみこし用に、何れも塩漬けして使用するので捨ててはならない。
約1ヶ月、塩漬け後10日程天日で干して当日に当てる。


阿尾港の海から見て左手の集落、産湯。少し山の方へ進んだ所に鎮座する産湯(うぶゆ)神社。
こちらも地元で大事にされている風情。
和歌山県神社庁の解説より
「勧請年月等不詳だが、社伝によれば「神功皇后、三韓ご征討から帰えらせ給い、難波より転じて当地に立ち寄らせ皇子(御祭神)をご分娩、武内宿禰これを守護し奉りて暫く、駐まる、里人畏み、忌井をほり、忌火を燧っておん産湯を奉った、こののち社殿を創設して崇献する」と(地名産湯はこれに起因す、七ッ井戸の一つとして言い伝えられているものが1ヶ所現存する)。
『紀伊続風土記』によれば、郡中古祠として、産湯八幡宮以下15社を「郡中にて著しき社なり、本國神明帳に末官知神九社とあるは此社の内ならん」とあって当社をその筆頭にあげているが、現在これを尋ねるになんらの古文書も現存しない。
また言う「村中古より今に至るまで難産の憂なしと云う、又皇子に産湯を奉りしより其の火を伝えて今に絶えず……もしたまたま火の消えし家は隣家に伝えしを取りて用う……千五、六百年を経て火を伝うることいと珍しき風俗と云うべし」とあり。
明治6年4月、村社列格、社地上地。
明治42年7月7日、許可をうけ同年7月18日、大字産湯字中北163番地鎮座・無格社建内神社(祭神・高良明神 通称権現さん 境内112坪 祭日旧9月9日)を合祀す、大字産湯字向井129番地鎮座・無格社戎神社(祭神・事代主神)、大字産湯字松原鎮座・無格社里神社(祭神・不詳 祠なし)、大字産湯字川尻650番地鎮座・無格社厳嶋神社(祭神・厳嶋姫神 付近に既に破壊された古墳がある)を合祀する。
明治44年12月1日、大字小坂字寺ヶ谷182番地鎮座・村社小坂神社(弁財天社、祭神・市杵島姫神 旧祭日8月15日、八王子社、祭神・天忍穂耳神 旧祭日9月9日、勧請年月不詳、明治6年4月村社合祀)、大字小坂字打越鎮座・無格社里神社(祭神・不詳 祠なし 森ばかり)を合祀する。
大正2年、社殿新築正遷宮。
大正7年7月3日、許可をうけ社号を改称して「産湯」の2字を冠す。
昭和21年6月1日、宗教法人令に届出(昭和21年2月宗教法人令施行)。
昭和28年10月26日、宗教法人法の制定により設立登記(昭和27年、規則申請・昭和28年、知事認証)。
昭和31年6月30日、土地継承による所有権移転登記・建物所有権保存登記済。
由緒に関しては『日高町誌』による。」

写真:
・石の鳥居に掛かる神社額
・白鬚神社本殿

・産湯八幡神社。急な階段を登った所にある
・拝殿
・本殿

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