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住吉大社参拝

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2018.6.18(月)
泉大津から住吉大社に行くには、
泉大津駅に出て、南海本線に乗り、住吉大社で降りる。
丁度急行が来た。
二つ目の堺で各駅に乗り換え、住吉大社駅で下車。

駅を右側に降りるとすぐ大きな鳥居。
鳥居の右側に国宝本殿四棟の碑あり。
初めての住吉大社訪問。

マリーナのあるのは古代、泉国。
その一之宮は鳳神社。年を変え2回訪問している。
住吉は古代摂津国。摂津国一之宮が住吉大社。

鳥居をくぐると、目の前に急な勾配の赤い太鼓橋。
慎重に登り下りしないと危ない。
人でごった返す初詣では渡らせないのではないか。

本宮が4つあり全て国宝。

最初第三本宮と第四本宮が左右に並んでいる。
その先に第二本宮があり、さらに一番奥に第一本宮。
第一本宮と第二本宮と第三本宮は縦に並んでいる。
第一本宮から始め、4つの本宮を順次参拝。

参拝後、御朱印拝受。
神官に建物は同じに見えるが全く同じかと尋ねたところ、
ほぼ同じだが若干違う所もあると説明してくれる。

住吉大社
大阪市住吉区住吉町。 旧官幣大社(現、別表神社)。
第一本宮に底筒男命、第二本宮に中筒男命、
第三本宮に表筒男命、第四本宮に息長足姫命 (神功皇后)を祀る。
社殿は第一本宮か ら第四本宮まであり、第一本宮を一番奥に、
手前に第二、第三と縦に並び、第四本宮は、 第三本宮の右横に並んで建っている。
四殿 ともに、神社建築の最も古い形式の一つ 「住吉造」であり、国宝に指定されている。
また四殿とも西(大阪湾の方向)を向いて 建っていることも見逃せない。
『古事記』 (七一二)に「其の底筒之男命、中筒之男命、 上筒之男命三柱の神は、
墨江の三前の大神 なり」と見えているが、当社の創祀は古く、 神功皇后新羅遠征の帰途に、
筒男三神の神 誨により、神功皇后が、三神の和魂を大津 渟中倉長峡に鎮座されたに始まる。
延暦三 年(七八四)正三位住吉神に勲三等を賜い、
次 いで従二位、大同元年(八〇六)従一位、後 に正一位になった。
『延喜式』には「住吉 坐神社四座」と記され、名神大社として、
祈年・月次・相嘗・新嘗の案上の官幣及び 祈雨、八十島祭に預った。
また二二社の 一つに数えられ、摂津国一の宮として、上 下を問はず、篤い尊崇を受けた。
特に天皇 の行幸も、天武天皇以来数多く、鎌倉時代 以降は、将軍をはじめ、武家の崇敬も特に 篤かった。
建久六年(一一九五)には、源頼朝、 神馬を奉納、楠木正成・足利尊氏・豊臣秀 吉等は篤い崇敬者で、
文禄三年(一五九四)、秀 吉は社領を定め、秀頼は慶長一一年(一六〇六) 片桐且元をして社殿を修造させた。
江戸時 代に入ってからも、徳川将軍以下諸大名の 尊崇篤く、
参勤交代ごとに必ず当社に参拝 する大名が沢山あったという。
明治維新の 際、社領、社地の多くが上地された。
明治 四年(一八七一)七月一日に官幣大社に列格した。
昭和三六年には第四七回の式年遷座祭が行 われた。住吉の神は、
特に海上安全の守護 神として、また禊祓の神・歌神・現人神信 仰などの神徳で、
篤い崇敬を受け今日に至っている。
−『神社辞典』−

写真:
・参道鳥居
・太鼓橋
・狛犬
・本殿四棟国宝の碑
・本殿への鳥居
・第一本宮拝殿。一番奥にある
・第一本殿本殿
・第二本宮拝殿
・第二本宮本殿
・第三本宮拝殿
・第三本宮本殿
・第四本宮拝殿
・第四本宮本殿
・第三本宮と第四本宮の本殿を裏からみる
・第一本宮を横から
・御朱印拝受

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