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式内社、田島神社参拝

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2017.7.28(金)
9時49分のバスで、呼子大橋を渡り、加部島へ。
田島神社参拝。
海から直接参道が始まる。
小さな島なのにその立派さに驚く。
まさか、田島神社参拝の為にこの大きな橋を作ったわけではないよな。

式内社・田嶋坐神社に比定されている古社。明神大。
ここで式内社、明神大に遭遇出切るとは。


田島神社
 御祭神
 当田島神社は田心姫尊、市杵島姫尊、湍津姫尊の 田島三神を祭神とし、
 相殿に大山祇神、稚武王尊を配 祀します。
 御由緒
 田島三神は遠い神代の昔に天照大御神が素盞嗚尊と剣玉の御誓にて御気吹の中よりお生れなさいました
 三柱の姫神で御出現になりました。
 当社の御鎮座の年代を定めることは出来ませんが、 全国的にも九州でも最も古い神社の一つとして
 知ら れています。
 当社への朝廷の御崇敬は特に篤く、奈良 時代天平十年には、大伴古麻呂に詔命があって
 田島 大明神の御神号をお贈りなされた。
 大同元年には神 封十六戸を充てられ、正四位に列せられ中世以降は 諸武将の崇敬も厚く、
 江戸時代に入ってからは唐津 城主の祈願所となり、明治四年國幣中社に列格され、
  毎年勅使を派遣されていたが、戦後宗教法人となり 別表神社に編入された。
 御神徳
 田島大神は、海陸交通安全、航海安全船舶守護、大漁満船、海運漁業者の崇敬が極めて厚く五穀豊穣、
商売繁盛の祈願所となり、古来より大陸の要衝でも あり、
遣唐使は航海安全を祈願し、古社として崇敬 され現在に至っています。
−境内案内−

写真:
・海からお参りします
・少し右手から見ると全体が解ります。一番後ろにあるのが本殿
・拝殿
・拝殿を横から見る
・拝殿の後ろに本殿。少ししか見えない
・鳥居の後ろから海
・神門から海
・参道がもう一つあります。
・田島神社とあり
・田嶋神社とあり
・明日、あさってとお祭り。もう一つ鳥居があり、茅の輪を作っていました
・御朱印拝受。正式には「田島神社」でした。

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2017.7.28(金)

写真:
愛宕神社
  社名額
参道
  拝殿
  本殿。本殿は拝殿から独立し、長い階段を登った上にある
  境内から見える呼子港。 
   かって、江戸時代、鯨取りの水夫を無事を祈った女性が見た景色と同じ。

呼子天満宮
  鯨組主中尾家との関連が深い神社
  石鳥居の社名額
  参道
  拝殿
   
三神社 ^
  参道
  参道
  鷹、左
  鷹、右
  鷹の説明
  拝殿
  本殿
  内部
  本殿
   
田嶋神社
  参道
  拝殿
  本殿
  向こう岸に鎮座しており、気付かなかった。
  呼子に台風避難で戻った際、撮影。
  こちらは、田島神社ではなく、田嶋と表記されている。

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2017.7.28(金)
名護屋城址のさわやかさ、気持ち良さを体験し、
突然、こちらの港を体験したく、
4時前になってから、呼子から呼子大橋をくぐり、隣りの名護屋港に移動。
こういった突然の変更が私には良くある。

この港の奥には名護屋大橋がかかっている。
これはくぐれないだろうからその直前までゆっくり着けられる場所を探す。
奥ほで静穏なのは確かだ。

残念ながら奥は船が多く、ヨットを安全に留められる所はなかった。

港入り口を入って直ぐ右手の岸壁は広く空いている。
此処なら大丈夫だろうとスターンアンカー、槍着け。

実は移動に当たって一番迷ったことは、呼子の温浴施設に入れなくなるということであった。
ところがです、バス時刻表を丹念に見てみると、
名護屋の一番先の波戸御崎にある国民宿舎へのバスと帰りのバスの組み合わせが可能なのを発見した。
帰りは最終便であった。
ヨットを着けた岸壁から17時5分のバスで波戸御崎、国民宿舎へ。
ゆっくり風呂に入り、(369円)18時53分の最終バスで名護屋浜前で降りる。

写真:
・夕方、呼子から突然移動し、名護屋港に舫うECHO POINT。
 右手後ろに見えるのは今くぐって来た呼子大橋。
・同じく。港奥をバックに
・国民宿舎

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呼子は揺れる

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2017.7.28(金)
呼子はイカ漁でした。
夜中中、出港。朝はイカ漁船が港に帰ってきます。
穏やかに漁港の雰囲気とは遠く、引き波で夜中2時から朝まで大揺れでした。

朝食準備中、6時。
食後は有名な朝市に行ってみる予定。市は毎日やるそうです。

残念ながら朝市は極小規模のものでした。
魚屋で寿司用の小アジが安く売っていたので購入。かったのはこれだけ。

艇に戻って魚を一旦、冷蔵庫に入れ、
今日は9時49分のバスで加部島へ。
田島神社参拝。
海から直接参道が始まる。
大変立派な神社で、驚く。

次に名護屋城跡へと9時40分のバスで出発。
先ず、名古屋城美術館へ。
大変立派な美術館で驚く。

知識を得た上で名古屋城跡に入り込む。
太閤秀吉が朝鮮を支配しようと軍を朝鮮半島へ攻め込む基地としての城。
と、この程度の理解であったが、トンでもない。
天守閣を備えた広大な城と徳川家康その他、数多くの当時の大名の城乃至陣屋も築かせた。
その人口10万、その時代としては巨大な都市を築き上げたのだ。

他国を支配しようと海を渡って攻め入った男は日本の歴史上、ただ一人、太閤秀吉のみだ。
名護屋城址に立つ時、まさに今昔の感に打たれる。

名護屋は実に気持ちの良い所だ。
船団で攻め入るのであるから、優れた港であることは勿論。
その城と都市を築いた高台は海を見下ろし、空気が澄み、風がさわやか。
城址をあるいていた、実に壮快なのだ。

と諸々の思いにふけっているうちに、急に船を名護屋に着けてみたくなる。

こういう風に突然、思考が回転するのが私のクセ。
バスで呼子に戻ると直ぐ、エンジン始動。
舫いを外し出港。
呼子大橋をくぐり、隣の名護屋港へと向かう。

写真:
・呼子の高名な朝市。残念ながら極めて小規模
・名護屋城美術館
・城跡の石垣
・天守閣の跡
・今日も、美容食。

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