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2018.9.16(日)
鞆の浦に海から入って来ると、山の上に鎮座する神社が良くみえる。
淀姫(よどひめ)神社だ。
淀姫(よどひめ)神社参拝。

写真:
・淀姫(よどひめ)神社説明
・同じく説明板
・拝殿
・本殿。本殿が遠く海から良く見えます
・鳥居額
・参道

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2018.9.16(日)
渡守(わたす)神社参拝。
沼名前(ぬなくま)神社の境内に鎮座する。
たまたま、今日は渡守(わたす)神社のお祭りであった。

写真:
・神社額
・拝殿本殿
・海岸にある神事場所説明
・拝所
・これから沼名前(ぬなくま)神社のお祭りで踊りに出発する女性陣

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2018.9.16(日)
式内社、沼名前(ぬなくま)神社参拝。

由緒:
沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)は、鞆祇園宮(ともぎおんぐう)とも称され、
大綿津見命(おおわたつみのみこと)、須佐之男命(すさのおのみこと)をお祀りしています。

今から千八百数十年前、第十四代仲哀天皇の二年、神功皇后が西国へ御下向の際、
この浦に御寄泊になり、この地に社の無きことを知り、斎場を設け、この浦の海中より涌出た霊石を神璽として、
綿津見命を祀り、海路の安全をお祈りになられたのが、当社の始まりです。

さらに、神功皇后御還幸の折、再びこの浦にお寄りになり、
綿津見神の大前に稜威の高鞆(いづのたかとも:弓を射る時に使った武具の一種)を納め、
お礼をされたところから、この地が鞆と呼ばれるようになりました。

須佐之男命は、鞆祇園宮と称され、元は鞆町内の関町に鎮座していたが、
慶長四年の火災で焼失し、草谷(現在地)に遷座の後、明治九年綿津見神を合祀し、相殿として奉斎されています。
残念ながら、この祇園宮の創建については不詳です。

旧社格は国幣小社。また延喜式内社です。現在は神社本庁所属の別表神社です。

海上安全・漁業繁栄・家内安全・病気平癒・学業成就・安産等のご神徳があります。

文化財:
能舞台

豊臣秀吉遺愛のもので、京都伏見城内にあったが、元和六年伏見城解体の際、
福山城主水野日向守勝成が徳川二代将軍秀忠から拝領、のち万治年中当社に寄進されたもの。
組立式能舞台として日本唯一のもので、昭和二十八年国の重要文化財の指定を受けました。
《構造》一重切妻造、桁行5.45m、梁間5.45m、屋根こけらぶき。

第二鳥居
鳥衾形鳥居と言われ、寛永二年(1625)水野勝重が長男勝貞誕生にあたり、
その息災延命のため寄進したもの。広島県指定重要文化財。

石燈籠
拝殿前左右にあり、慶安四年(1651)水野勝貞が祖父勝成重病と聞き、病気平癒を祈願して奉納したもの。
福山市指定重要文化財。

力石
力石は吉凶を占うことから始まったといわれている。
この力石は江戸〜明治時代、鞆港の仲仕が祭礼の時などに力比べをし奉納したもの。
力石には海上安全の祈願も込められている。
福山市指定重要文化財

以上、神社ホームページより。

神社ホームページ
http://www.tomo-gionsan.com/

写真:
・神社説明板
・拝殿。拝殿の構造体はコンクリート
・拝殿内部
・本殿。本殿は木造
・本殿と拝殿の接続部分
・本殿屋根

・神社内に建つ重文、能舞台説明
・重文、能舞台

・御朱印拝受

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2018.9.16(日)
朝、7時ごろ朝食準備中に艇をコンコン叩く音。
そとに出ると、ここに定時係留している観光船の船長。
あ、来たか。
チャントした太い係船ロープが岸壁に設置されている。
戻ってくる可能性が高い。特に3連休だ。
しかし、きのうは特に何も無かった。

ここは、定時契約して船を着けるところなので、直ぐヨットは移動して。
見ると、桟橋突堤に観光船が横付けされている。
怒鳴りつけられても仕方がないのに紳士的、親切。
直ぐ移動開始。陸側の舫いは船長が外してくれる。

最初、観光船を入れた後、その海から見て左側に入れれば良いと言っていた。
アンカーを打っているとは思わなかったらしく、へーと言った表情。
桟橋突堤か、遊漁船海側の2箇所にヨットは着けてもらっている。との船長の言葉。
アンカーロープがいやなのだなと解る。

移動し、漁船に横抱き。
私は横抱きは好まない。しかし、ビットが一つしかないので、横抱き、舫いは前のビット一つとする。
船長も横炊きし、前舫いだけ取れば良いと言ってくれる。

その上、北が吹くと波が立つ。その際は、この観光船の横に着ければ良いとまで言ってくれる。
寄港地で親切に会うと益々その地に好感を持つ。

結論。
仙酔島でのヨット係留は、
1)桟橋突堤
2)漁船横炊き。この漁船は動いていない様にみえるが、未確認
3)観光船第二えびす、海側。(槍着。観光船横炊きの場合は船に居る必要あり)

今日は鞆の浦観光。
昼は珍しく鞆の浦で取る予定で午前中、仙酔島から遊覧船で出発。

鞆の浦には国の重要文化財が5つある。
1)安国寺木造阿弥陀如来および両脇自侍立像
2)木造法燈国師座像
3)上記を安置する釈迦堂
4)沼名前神社内、能舞台
5)大田家住宅・七卿落遺跡
5年ぶりにこれ等、重文に再会

食材仕入れの為、スーパーの場所を聞いたところ、
もう、鞆の浦にはスーパーは無い。撤退してしまった、福山駅まで行かないと無いとのこと。
確かに、5年前も、小さなスーパーしかなかった。
食材を売っているスーパーの規模、品数、陳列品をみると、
その町の経済状況を文化度が一番わかる。
3連休で観光客は多数だが、町の市民の生活は今一つと見えた。

写真:
・漁船横抱きのECHO POINT

・鞆の浦の歴史を物語る街並み
 鞆の浦には、かって栄えた街並みが広く残っている。
 これほどの規模で残っている所は無いのではないか
・大田家住宅・七卿落遺跡
・福禅寺・対潮楼から見る景色

・重文が3つある安国寺
・重文、安国寺木造阿弥陀如来および両脇自侍立像と重文木造法燈国師座像
 手前にあるのが法燈国師座像
・阿弥陀如来および両脇自侍立像説明
・木造法燈国師座像説明
・昼飯を食った店

 

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