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ドクター差別と選ばれし者たち

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 共産党は、「希望の党」について、「自民党の補完勢力」と批判している。大雑把に言えば、そういうことになるかも知れないが、より正確に言えば、「自民党と(議論で))同じ土俵に上がれる政党」ということである。この「同じ土俵に上がれる」というのは、(国会で)議論をする上での最重要な前提である。

 つまり、「外交・防衛・憲法」という大きな枠組みでは一致しているが、「経済・教育・福祉」などの国内問題では違っている、という状態が(民主政治では)好ましい。そうであって初めて、国民は、安心して、現政権に「ノー」と言えるのである。これが、「外交・防衛」で全く違う政党しかなければ(注:かつての「55年体制」)、危なくて、現政権に「反対票」を入れられない。

 たとえば、共産党(や社民党)は、「外交・防衛」という国の根幹に関わるスタンスで、自民党と主義・主張があまりにも違いすぎる。これでは、余程のシンパでない限り、「反対政党としてはいいが、政権は任せられない」となるのは当然である。こんな状況では、国民は我慢を強いられ、国民にとって「不幸」である。

 一方、「根幹では同じだが、ディテールでは違う」と言うのであれば、国民は安心して「政権交代」を望むことができる。これが、いわゆる「二大政党制」である。

 現政権と政権交代の可能な政党がある、これこそが「ニ大政党制」の唯一かつ最大のメリットである。もちろん、かつての民主党政権のように「任せたら、良くなかった」なんて場合もあるだろう。しかし、「権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に腐敗する」と言われるように、それでも、「長期に政権交代がない場合よりは、断然、マシである。ダメだったら、元に戻せばいいだけである。


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