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相模原市南区東林間の 渡邊嘉二さんは 100歳、
ユキさんは 94歳 になったいまも、子どもたちの世話にもならず、
自宅で暮らす。「敬老の日」を前に、長寿の秘訣(ひけつ)を知りた
くて2人を訪ねた。
厳格なる 「明治の男」 はまじめな顔をして言うのだった。 「長生きしたいと思うようになったのは最近です。 去年11月に100歳のお祝いをしてもらい、親からもらった
たった一つの命、大事にしないといけない、と」
眼鏡も補聴器も入れ歯もなく、多弁ではないが味わい深い語り口。 70歳で受けた肺腫瘍の手術から30年、この間に 2度も脳梗塞
で倒れたとは思えない血色の良さだ。
傍らに座ったユキさんが穏やかな笑みを浮かべていた。 「私も1度脳梗塞 をしていましてね」
午前中は水彩画の絵筆を握り、午後は庭に出て植木を整える。 嘉二さんの日課だ。「暑いから頑張り過ぎないように私が注意すると、 うるさいと言い返しながら、言われた通りにしている」。
ユキさんがまた笑った。ともに足腰は弱ったが、週3回やってくる
ヘルパーには掃除を頼んでいるだけだという。
若いころはよく働き、よく飲み、よく遊んだという嘉二さん。 倒産寸前の会社に請われ、再建にあたるのが仕事だった。
次男の憲男さん(64)によると、
日付が変わる前に帰ってきたためしがなかったという。
「それもいつもベロベロで」
家のことはほったらかし。請われるままに兵庫県明石市に単身赴任 したのは40年前。 娘の結婚、息子の大学進学と家族の節目に
父はおらず、ユキさん一人で相模原に土地を買い、家を建てた
のだという。
「自分のお金は二の次の人。だから暮らしはずっと苦しくて」。 ユキさんがこぼすと、嘉二さんは 「金に縛られていたら、
こうして好きなことをする老後もなかったかもしれん」。
それにはユキさんも大きくうなずいた。
「絵はいい。思い出になるし、何より金がかからん」。 性格は正反対で、やはり絵は苦手というユキさんを置いてスケッチ
に出掛ける嘉二さんだが、気ままな日々を送れるのも、
夫婦そろって健康でいるから。「料理だって自分でやって、食べさせ
る。得意料理は卵焼きだ」。平成を生きる明治の男は、
面と向かって感謝を口にせずとも、厨房(ちゅうぼう)には立つのだ。
栃木の農村で見合い結婚をして74年。庭に出て並んだ2人にカメラ を向ける。ユキさん、ほほ笑みながらさりげなく一言。
「我慢の一生ね」。 目は合わさなかったが、嘉二さん、小さく
うなずいた。 「次の目標は2人で200歳? あっと言う間だ」。
平然と言った。
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今日は 敬老の日、
期せずして 私が70歳の誕生日 ・・・・
妻は私より4カ月後に生まれた。
私達夫婦が、共に100歳になるのは30年後、
わずか 一万日余 で到達できる。
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大したものです。立派ですね。感動しました。
2011/9/19(月) 午後 6:56 [ ニコニコ ]
そうかぁ〜〜老化はストレスが元凶なんだ。。
やっぱ!結婚しても、夫は夜遅く、朝早く・・・
顔をみないような生活のほうが、老後新鮮でいいかも。。。
2011/9/19(月) 午後 6:59
ニコニコさん、
写真のお二人は、しっかりと立って居られますね、
この年代だと、車いすでも不思議ではないのに・・・・
2011/9/19(月) 午後 8:37 [ 遊泳 ]
LAN ちゃん、
家族で仕事をする、自営業の夫婦は短命だ・・・・
なんてデーターが出るかもね ?
2011/9/19(月) 午後 8:56 [ 遊泳 ]