12月21日に実施した例幣使街道巡りドライブレポのその3です。趣旨は「その1」を参照。
2013年12月21日(土曜日) 五料へ
国道354号線にて例幣使道を辿っています・・・が、しかし。
「飯倉交差点」手前の三叉路で例幣使道は左に入ります。交差点の信号待ちの車列が並んでいるのが国道354号線。例幣使道は左側。
日清、日露戦争の記念碑や聖跡記念碑が建っています。この場所の由来は調べましたがよく分かりません。昭和9年秋、昭和天皇はここから白馬に乗り、この周辺で行われた陸軍演習を視察されたそうです。
さて、国道354号線とほぼ併走する形の脇道を進みます。
工場や住宅が並ぶ狭い道を進みます。今回ちゃんと調べるまで、ここが例幣使道だとは知らなかった。
例幣使道は「五料交差点」にて国道354号線を横断し、五料宿関所跡に入って行きます。ちょっと古い街並みが残っています。この突き当たりは堤防。その向こうには利根川が流れています。
堤防の手前に案内がありました。
案内に従って左折すると関所跡がありました。今は門礎石(矢印部分)と古井戸が残るのみという。
この説明板の裏の生垣内に古井戸があるらしいが、人様宅の敷地らしいので入りませんでした。
門跡を過ぎ、突き当りの堤防に出ます。通行者は渡し舟で利根川を渡っていました。今は長さ544mの「五料橋」が架かっています。
浅間山の「天明の大噴火」(1783年)では土石流で壊滅的な被害を受け、それ以外にも多くの災害に見舞われた五料宿関所ですが、通行者の監視と船問屋の隆盛で長らく街道の要衝として機能しました。今も古そうな屋敷が点在しています。この写真の奥が五料交差点。
五料交差点。緑線が国道354号線。例幣使道は赤線です。右折して再び国道354号線に戻ります。
国道354号線に入ってすぐ、五料橋を渡ります。
この橋は東日本大震災で損傷し、約1ヶ月間通行止めとなりました。あれからもうすぐ3年になろうとします。通行止めは周辺交通に影響を及ぼしました。そんな震災の記憶もすでに風化しつつあります。200年以上前の浅間山大噴火でこの周辺一帯が壊滅した事を知る人は少ない・・・。
この橋で境界を越え、佐波郡玉村町から伊勢崎市へ入ります。
7時55分、伊勢崎市に入りました。次の宿場である柴(芝ともいう)へ入って行きます。
この記事で通過したコース。赤丸印が五料宿関所跡。左側が北方向。

(Googleマップにて作成)
(つづく)
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