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12月21日に実施した例幣使街道巡りドライブレポのその5です。趣旨は「その1」を参照。 2013年12月21日(土曜日) 境への道国道354号線にて例幣使道を辿っています。柴宿本陣跡を見て忠治茶屋で朝食代わりの焼きまんじゅうを食べました。美味しかったとはいえ、時間は9時近い。待ち時間はロスタイムだった。倉賀野を発して2時間ちょっと。まだ20kmくらいしか進んでいない・・・。今日中に日光に着くという目標は・・・無理そう(笑)京を発し中山道にて上州に入った例幣使や通行者は、そのコースからずっと赤城山を左側に見る事になります。しかし例幣使道で唯一右側に見える場所があります。それがこの場所で、「右赤城」として有名になったそうです。 忠治茶屋を発し下蓮町交差点に至るルート。赤丸印が「右赤城」です。このような現代から見れば変則的なルートを進む理由は、街道整備当時の広瀬川の流れにあったようです。以下のリンクの考察によれば、当時の広瀬川はもっと南側に食い込んでおり、現在のセーブオンの辺りを流れていたようです。それを避けるために、このようなコースになったのでしょう。 (参考リンクhttp://www.go-isesaki.com/reiheishi_road.html) 国道354号線に戻り前進します。しばらくは県道296号線との重複区間です。例幣使道は直線ではなく北側へ緩やかにカーブを描いていたようですが、国道354号線はこのように直線となっています。旧街道は公営住宅の敷地になっており消滅しています。ここは国道に従って進むしかありません。 例幣使道において船で川を渡る場所は2ヶ所だそうです。1ヶ所目が「その3」に出てきた「五料の渡し」で、2ヶ所目がこの「竹石の渡し」です。「たけいし」ではなく「たけし」と読みます。説明文を読むと、例幣使一行の通行は「一大イベント」だった事が窺えます。 かつて船で渡っていた面影はありません。今は「武士橋」(竹石を転じて「たけしばし」)で渡ります。 これを撮っていたら、橋の補修工事の作業員の方が「橋を撮っているんですか?」と話しかけて来ました。例幣使街道の事を話すと、「へえ〜!スゴイ!354(国道354号線の事)も歴史があるんですね〜!良いこと聞いた。みんなに話してやろう!」と大変喜んでくれました。いや、俺もそんなに詳しいわけではないので・・・。 私のボロスマホは低スペックのため「その1」で書いた「nekosuki.org」氏のマップが読み込めません。そこで1/10万の地図に書き込んだのですが、路地になるとまったく判読出来ません。「行ってみれば分かるだろう」という考えは甘かった・・・。青丸で囲んだ路地の入り口が分からず、緑円で囲った地域を20分近くも彷徨ってしまいました(苦笑) あと200m足らずで「境萩原交差点」ですが、ここで例幣使道は右折、再び路地に入ります。徒歩による街道めぐりなら古い道標も見つけられるでしょうが、車ではついつい見落としてしまいます。しかし、このように最近建てられた道標があると、とても助かります。 |
旧街道めぐり
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少しずつ歩いていくように?車を走られると、歴史の中に埋もれた何かを発見できて面白いですね。
参考になります。
2014/1/13(月) 午後 8:09
大納言さん、こんばんは。本当は徒歩でめぐった方がいいのでしょうが・・・。やはり車では難しいですね。
2014/1/13(月) 午後 9:41
こんばんは。
こない狭い路地も走るんですね。これは大変な道中になりますね。車よりもチャリやバイクの方が機動力に優れますよね。この先、どんな試練が待ち受けているのかな?
2014/1/13(月) 午後 11:07 [ nao-s ]
nao-sさん、こんばんは。ちゃんとしたマップがあれば良かったのですが・・・。入口が分からないのは本当に困りますね。
2014/1/14(火) 午後 10:18