12月21日に実施した例幣使街道巡りドライブレポのその8です。趣旨は「その1」を参照。
2013年12月21日(土曜日) 太田と八木
「ゆで太郎・太田新井町店」(前回参照)でそばを食べて出発。例幣使道めぐりを再開します。
時間はもう12時過ぎ。30kmちょっと走って、まだ玉村、五料、柴、境、木崎の5宿をクリアしたのみ。1日で日光まで行くのは、やはり無理なのか・・・。
で、太田宿本陣跡の石碑を探したのだが、参考サイトには目印の建物について誤記があった。調べ直すと、すぐ近くの別の建物だった。探し回っている内に、20分ほど時間をロスしてしまった。こうしてまた時間のロスが蓄積していくのである。
(↑下調べ不十分の自分が悪い)
「本陣市営住宅および太田行政センター」。カッコいい名前の市営住宅です。その敷地内に石碑がありました。
割と最近建てられたらしい石碑。説明文が無いのが残念。太田宿は飯盛旅籠が禁じられていたので、燐宿の木崎と較べるとその賑わいは雲泥の差があったそうです。本陣を担った橋本家の屋敷はかなり最近まで維持されていましたが、昭和58年(1983年)に火災により失われたそうです。
出発。例幣使道を辿って県道2号線(前橋館林線)を進みます。
富士重工・群馬製作所本工場の前を通過しています。これは南門。太田市は富士重工の企業城下町です。
東武伊勢崎線の高架下を通過し、すぐ先の「新島町交差点」を左折します。
北東方向へ進みます。この道は市道だと思う。たぶん・・・。
眺めが開けて左側に金山が見えて来ました。古くから関東平野に睨みを利かせた新田金山城の城址が残されています。手前に富士重工や同社社宅が並んでいます。
道は住宅街に入ります。大型車では離合にも難渋する狭い道です。ここに馬洗い場の石碑が建っています。
かなり最近に建てられたようです。例幣使道に限らず、馬洗い場は全国の諸街道各所に整備されていたそうです。
さらに進むと国道122号線・太田バイパスと交差します。
ここを右折して県道128号線(佐野太田線)に入ってしまいました。実際には例幣使道は直進しています。ナビゲーション上の問題により、気付きませんでした。
例幣使道は基本的に県道128号線に沿って進むのですが、この辺りでは一部裏道を通っています。旧街道を辿れなかったのは今でも心残りです。
住宅街を抜けると田畑が広がります。
12時59分、栃木県に入りました。
青ラインが実際の例幣使道。この辺りはまた走り直したい・・・。
「堀込町南交差点」。県道38号線(足利千代田線)と交差します。
八木宿に入って行きます。
13時8分、「八木宿交差点」に到着。県道152号線(赤岩足利線)と交差しています。
往時を偲ぶ遺構は見当たりませんが、あちこちに「例幣使街道」の文字が記されています。
この寺山商店の敷地がかつての八木宿本陣だったそうです。ところでこの寺山商店、30年くらい前の例幣使道めぐりの資料を見ると、とても趣のある店舗だったようです。そのまま明治や大正時代の映画のセットに使えそうな感じです。老朽化は仕方ありませんが、今だったら保存されていたかも・・・。
そしてすぐ近くの八木節会館の敷地内に石碑が建っています。
説明文はほとんど読めない・・・。
続いてちょっと進んで東武伊勢崎線・福居駅へ。
すぐ近くにトチセン(旧足利織物)赤レンガ捺染工場が建っています。今も使用されているそうです。戦時中の防空迷彩がまだ残っています。
県道128号線に戻って例幣使道を進みます。
東武伊勢崎線の踏切を渡ります。
古そうな家が各所に残っています。
田畑が広がって来ました。さすが栃木県。イチゴ栽培のハウスが並んでいます。
もうすぐ国道50号線と交差します。
こういう風にかかれています。街道めぐりをしている側から見れば、大変嬉しい。
「上渋垂町交差点」に到達。国道50号線と交差します。県道128号線はさらに進みます。次の宿場、梁田はもうすぐ。
この時点で13時半。今日中に日光に達するのは不可能なので、どの辺で切り上げるかが問題。

(Googleマップにて作成)
(つづく)
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