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正月は2日のみ休み。そして今日(6日)は今年2回目の休み。何だかよく分からない内に正月も終わっていました。最近、日が経つのだけが異様に早く感じる。こうして、あれよあれよと年をとって行くのか・・・。
そして、年は明けたわけですが、まだ昨年撮影のネタを書いています・・・。
さて、「東海道歩き」なんて仰々しく書いては見たものの、実際は川崎から生麦まで歩いただけです。ネットの海を漂うと、日本橋から京都まで歩いた方のレポを大変多く見かけます。そういった記録に比べれば微々たる物ですが、とりあえずお付き合いください。
2014年11月22日
この日、鶴見に所用のある妻に同伴し神奈川県にやって来た私。妻の用事は数時間かかるので、その間にちょっとだけ東海道歩きをしようというわけです。
妻と別れてJR川崎駅に到着したのは9時半頃。見事な秋晴れで街道歩きに相応しい陽気です。というか暑いくらい。
さっそく駅前には旧川崎宿の史跡案内がありました。行ってみて実感したのですが、当地は史跡案内がとても充実しておりました。
もう少し。案内が充実しているので、街道歩き初心者にとってはありがたい。
多摩川に架かる「六郷橋」。国道15号(第一京浜国道)の橋です。対岸は東京都。
上流方向。京浜急行や東海道本線の「六郷川橋梁」がそれぞれ架かっています。
とても立派な六郷橋。現在の六郷橋は昭和54年(1979年)に着工し、3期の工事を経て平成9年(1997年)に現在の6車線の橋として工事を完了しました。
橋柱には渡船時代のモニュメントが。東海道が通っていた多摩川下流部は「六郷川」とも言い、江戸時代初期には橋が架かっていましたが、何度も流失し、明治に至るまで永らく渡船の時代が続きました。明治に入ると数次に亘って架橋されましたが、やはり流失を繰り返し、大正14年(1925年)に架けられた橋が永久橋となりました。その後交通量の増大に対応するため前述の通り現橋が建設され、大正14年架橋の橋は撤去されています。
川崎側橋詰下流側には、いろいろ建っていて興味深いです。長十郎梨の発祥の地は川崎だったのか。勉強になります。
碑には「武州六郷舩渡圖」のレリーフが貼られています。明治元年(1868年)の明治天皇東幸を描いたものです。長さ60間の舟橋を架けて渡ったそうです。
さて、この時点で午前10時を過ぎています。「妻が用事を終えるまでに川崎宿から生麦辺りまで歩こう」というのが今回の主旨です。出発しましょう。
ガード下には野良さんがあちこちに。野良さんに餌を与える行為には賛否がありますが、猫好きとしては、何とも言えない・・・。
とにかくあちこちに「東海道」のアピールが。我が高崎もこのくらい中山道アピールをしてもらいたい。
現在の東海道。川崎市道本町4号線に指定されています。
ちょっと歩くと国道409号との交点である本町交差点が見えて来ました。
その直前で川崎稲荷社の案内が。ちょっと右折して寄ってみましょう。
延長100mにも満たない市道本町7号線をちょっと進むと・・・。
住宅に挟まれた小さな神社「川崎稲荷社」。普通の住宅一戸分の敷地しかありません。
とても小さいが、歴史は古そうです。市道本町7号線が「稲荷横丁」だそうです。「暴れん坊将軍」もここで休息したのか。
さて、東海道すなわち市道本町4号線に戻り「本町交差点」へ。
国道409号が走っています。左折方向を見ると六郷橋(国道15号)のガードがまだ続いています。
この辺りは川崎宿四町を構成する新宿があったところ。
本町交差点にて国道409号を越えて、さらに東海道を進みます。ここからは市道本町12号線。
「本町一丁目交差点」。右折方向は本町15号線、左折方向は本町16号線。
本町一丁目交差点を過ぎて、すぐ右側の個人宅。ここに「田中本陣」がありました。
川崎宿には3つの本陣があったそうですが、もっとも江戸寄りの田中本陣は「下の本陣」とも呼ばれたそうです。幕末には財政難により荒廃し、アメリカ総領事ハリスが田中本陣宿泊を取り止めたとか、明治天皇東幸の際にここで昼食休憩をしたとか、いろいろなエピソードが案内板に書かれています。
田中休愚は川崎宿の財政再建に尽力し、晩年には八代将軍吉宗に登用され代官として活躍しました。
さらに市道本町12号線を進みます。東海道のこの区間は明治国道の「一號國道」であり、通称「京濱國道」でありましたが、現在はさほど交通量も無く地域の生活道路に近い状態となっています。交通量増大に対応するため大正時代末には南側に併走する新道(第一京浜国道、現在の国道15号)が開通し、旧東海道の川崎から生麦にかけての区間は国道ではなくなりました。
市道本町21号線との交点にある「御菓子処東照」の本店。
ここに「助郷会所」がありました。伝馬役はどこでも苦労が多かったようです。
この写真を撮っていたら、「よろしかったら中もご覧ください」と声を掛けていただきました。
1階の休憩スペース。飲食をしてもいいそうですが、あまりに立派なので気が引ける。
どうでもいいですが、この日は朝から何も食べていません。腹減ったなあ。
2階へ。階段には東海道の各宿の浮世絵が描かれています。
2階の展示エリア。床に旧川崎宿の絵地図が描かれています。
この交流館の辺り。先ほど通過した助郷会所があります。
八丁畷手前の芭蕉句碑の辺り。川崎宿の京都側はこの辺りまでのようです。
「まち歩き用シート」。これは助かりました。以後、これを片手に歩きました。3階の展示も見たかったのですが、もうすぐ11時。先へ進みます。
ここから川崎市川崎区本町から川崎市川崎区砂子へ。旧東海道は市道本町12号線から市道砂子2号線に変わります。
この交差点に「曹洞宗宗三寺」があります。宿内一の古刹だそうで、飯盛り女の供養塔もあるそうですが、時間が無いので先を急ぎます。
「砂子の里資料館」。ここも見てみたいのですが、時間の制約によりスルー。
さらに1ブロック進むと「惣兵衛本陣」(通称「中の本陣」)跡。宿場の解説板は撮りましたが、なぜか本陣の案内板は撮り忘れ。
この交差点にある「セブンイレブン・川崎砂子1丁目店」。
砂子一丁目交差点を過ぎて、さらに砂子2号線を進みます。
そして、「砂子交差点」に出ます。主要地方道である神奈川県道・東京都道9号(川崎府中線)との交点です。「市役所通り」とも呼ばれています。
左折方向へ行くと国道15号(第一京浜国道)に出ます。
本記事の経路。この時点で11時近く。まだ900mほどしか進んでいない・・・。
(googleマップより作成)
(つづく。本編3回と余談1回の予定)
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こんばんは。
こちらは案内板など充実していますね。
これだけ整備されていると街歩きも楽しむ事が出来ますね♪
公園に住み着いているノラニャンには時々ですが、モデルさんになって貰っています。モデル代はニャンコ用のオヤツです(^^ゞ
猫に限らず餌付けは賛否両論がありますよね。ワタクシは・・・・♪
2015/1/6(火) 午後 10:42 [ nao-s ]
> nao-sさん
こんばんは。返事が遅れてすいません。約8km歩いたのですが、本当に楽しかったです。時間と資金があれば、東海道とか中山道を踏破してみたいですね。
猫の餌付けですが、ゴミ捨て場を荒らすよりは、決まった場所で給餌した方が良いような気もします。いろいろ意見はあると思いますが・・・。
2015/1/8(木) 午後 10:50