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その6では、東善寺前の国道406号交点から地蔵峠まで走ります。 東善寺前で左折し、国道406号とはお別れ。本路線、つまり県道33号の単独区間に入ります。そしてすぐに「川田橋」(昭和47年2月竣工)にて烏川(利根川水系・利根川支流)を渡ります。 川田橋。逆光ばかりなので順光側から撮る。 烏川の上流方向を見る。 さらに下流方向を見る。高崎市民にとっては馴染み深い川です。 主要地方道とは思えない地域の生活道路となります。交通量も少なく通行車両は地元の人たちの車がほとんど。 「内手橋」にて内手川(利根川水系・烏川支流)を渡ります。 「神堀橋」にて神堀川(利根川水系・内手川支流?)を渡ります。 竣工年は不明ですが、渋川松井田線認定以前の路線名である「松井田中之条線」が記されていました。 交通量は少ない。 倉渕町権田から倉渕町岩氷へ。 烏川右岸を進む。取り立てて特徴の無い田舎道・・・。 相間の辺りではセンターライン有りの2車線となります。 「相間川橋」(平成15年6月竣工)にて相間川(利根川水系・烏川支流)を渡ります。 相間川橋を過ぎると、少しずつ上り坂になります。 そして大きく右ターン。地蔵峠へ向けて進みます。 中尾地区まではある程度幅員も確保されています。 民家が途絶えると幅員減少。 林道といった雰囲気。舗装されているのがせめてもの救い。 自転車で地蔵峠を越えると言うのか・・・。自転車の人は凄いなあ。 鬱蒼とした山道。 未舗装林道と遭遇。 地蔵峠道という古道でもあります。「倉渕村指定史跡」とありますが、合併したので現在は高崎市指定史跡です。 元禄5年(1692年)に建てられた県内最古級の道標のひとつだそうです。中山道と信州街道の接続路として、かつては人々の往来があったのでしょう。 さて、山道をガンガン進みます。 鬱蒼としてて、あまり楽しくは無い。 かなり高度が上がっているようだが、森が深くて周囲の景観はまったく見えない・・・。 三喜鶏園の入口。卵太郎の卵製品、美味しいです。ところで地蔵峠は昭和47年に起きた集団リンチ殺人の遺体遺棄現場にもなっており、この鶏園の鶏供養塔の隣に小さな慰霊碑があります。 対向車とまったく出会わない。夜走りたくない・・・。 ひたすら面白味の無い山道を走る。 かなり上って来ました。地図を見ると標高は600mを超えている。 しかし樹木が鬱蒼としており、周囲の展望はほぼ皆無。 峠のピークの手前で、ようやく展望が開けました。あまりいい眺めではない。遠くにこれまで進んで来た榛名山麓が見えました。 地蔵峠に到達。ここには幕末の幕府勘定奉行小栗上野介の家臣である塚本真彦の母ミツと娘チカの殉難碑があります。 大小2体の地蔵。塚本真彦は主君小栗上野介と共に西軍に斬首されましたが、妻と母、そして男児1名と女児2名を七日市(現富岡市)へ脱出させました。女2名と子供3名の逃避行は困難を極め、二手に別れました。妻は男児1名と女児2名を連れましたが脱出は困難と判断し女児2名を川に沈め、家督を次ぐ男児のみを生かしました。母は女児1名を伴いましたが、やはり脱出困難と判断して、この地蔵峠で自害しました。 (自害現場は県道沿いではなく、山中奥深くだそうです) 峠のピーク周辺は勾配が無くなり、ほぼ平地となります。 そしてちょっと走ると・・・。 安中市との境界に達します。 |
群馬県道実走レポ
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