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高崎市吉井町多胡にある曹洞宗龍源寺。静かな里山に建つ古刹。 場所はここ。ちょっと分かりづらい。高崎市道「多胡松田線」沿いにあります。 手入れの行き届いたお寺です。創建時期は不明。少なくとも江戸時代以前から存在したようです。 参道の手前に戦没者供養塔等が並び・・・。 今回の主題である「義民白田六右衛門顕彰碑」があります。 こちらが顕彰碑。 碑文。一部手を加えてあります。 義民白田六右衛門顕彰碑 江戸時代元禄の頃、多胡村はすさまじい干ばつの為農作物は枯死、人々は飢死寸前の困窮の極に達していた。白田六右衛門は当村白田一族の先祖であり、名主を務めていた。 六右衛門はこの悲惨なありさまを目前にしてついに意を決し、領主より保管を命ぜられていた年貢米の穀倉を解放して総ての人々に分け与えた。 これにより多くの人命が救われ、人々からは神仏の如く敬われ感謝されたが、この行いは重大な違法行為であり死罪に相当するものであった。 六右衛門は捕われの身となり、村人達必死の助命嘆願もむなしく、龍源寺前方の胡瓜畑にて斬首された。時元禄2年(1689年)5月4日、享年24才の短き生涯を終えた。 戒名は一刀利切禅定門、後になり寂室相空居士と改められた。墓石は寺境内の墓地の一隅にあり、位牌は白田幾雄氏の仏壇に安置されている。六右衛門が斬首されてより今日に至るまでの長きに渡り、その子孫である白田一族は供養を続けてきた。 先祖に対する誇りと深い尊敬の念は、絶えることなく脈々と受け継がれており、それは一族にとって精神的支柱でもあった。ここに六右衛門ゆかりの者心を一つに合わせ、遺徳をしのび顕彰せんと謹んでこの碑を建立す。 龍源寺二十九世大顕啓司撰文 |
歴史探訪
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