2018年10月21日日曜日馬出門を通って馬屋曲輪へ。疑似洋風建築の瀟洒な洋館「二の丸観光案内所」が建っている。1933年(昭和8年)竣工。紆余曲折を経て現在に至る。(参照サイトhttps://takuan21a.exblog.jp/17787280/) 「正規登城ルート」を進み、「銅門」へ。 明治維新後、廃城となった小田原城は解体・破壊が進み荒廃を極めたという。今から見れば勿体無い話だね・・・。 1997年(平成9年)に復元された銅門。という事は38年前に来た時はこの門は無かったのか。小学校低学年だったので、まったく憶えていない。 城マニアではないのでよく分からないが、迫力ある。 銅門を通過。天守はまだ遠い・・・。 「銅門土塀模型」 カットモデルになっている。分かりやすい。 それにしてもいい天気。秋晴れというか、夏日のように暑い・・・。 「小田原城跡のイヌマキ」 「常盤木門」を見上げる。けっこう高いな・・・。 「本丸東堀跡」。現在は花しょうぶ園になっている。 花しょうぶの時期に来るのもいいね。桜やアジサイの時期にも・・・。 こういう石段を昇ると、日頃の運動不足を痛感する。 「常盤木門」 ようやく本丸広場に到着。けっこう運動になる。 本丸御殿を破壊した1633年3月1日(寛永10年1月21日)発生の「寛永小田原地震」は神奈川県西部を震源とする固有地震で周期は70年余り。マグニチュード7クラスとされている。再建された本丸御殿を再び破壊した1703年12月31日(元禄16年11月23日)発生の「元禄関東地震」は相模トラフを震源とする巨大地震で、大正関東地震(関東大震災)の前回の地震。マグニチュード8クラスで大正関東地震よりも規模が大きい。元禄関東地震の4年後にはマグニチュード9クラスの「宝永地震」(南海トラフを震源とする巨大地震)と富士山宝永大噴火も起きている。前回も書いたが、小田原は災害の多い土地柄である。 本丸広場から見た小田原市街地。5代に亘って小田原を居城とした北条氏の殿様たちが見たら何と言うだろう・・・。 丹沢山地(その1参照)が見える。 規模を縮小しつつ維持されている動物園。 「インドゾウのウメ子」。38年前に来た時に見たような気がするが・・・。 |
鉄道の旅
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