|
昨年の11月26日夜10時30分、愛猫ポンを喪いました。あれから1年が経ちました。歳月なんて本当に早いものです。1年経てば悲しみは癒えるかと思いましたが、まだですね。未だに夢に出る。数日前もポンが生き返る夢を見ました。日に数回、ポンを想い出し、喪失感に苛まれる。悲しい。 ポンが我が家にやって来たのは2002年9月。ニュースでは米国同時多発テロ事件1周年を盛んに報じていました。時代を感じます。生まれておそらく1ヶ月くらいと思われる小さな小さなポンは、親兄弟から切り離され、一匹だけで当時の私の職場の一角に捨てられていました。 「ミー!ミー!ミー!」と力の限り鳴き声を上げ、誰かに救ってもらおうとしていました。当時私は食品を扱う会社で働いており、広い敷地のあちこちに野良猫が住み着いていました。野良の子猫なんて珍しくも無かったのですが、なぜかポンの場合は違いました。 栄養状態が悪いせいか痩せ細って、血色も悪かった。三毛猫が失敗したかのような模様で、お世辞にも可愛いとは思えなかった。全身ダニだらけで、耳ダニもひどかった。「あんまり可愛くないね」と妻は言ったが、自宅へ連れ帰る事を了解してくれた。なぜこの時に限って、この猫を連れて帰ろうと思ったのかは、未だによく分からない。とにかく運命だったのだろう。 動物病院に連れて行って、いろいろ処置をしてもらったが、「この子は心臓が弱い。あまり長く生きられないかもしれない」と先生に言われた。まさか15年も生きるとは、当時は思わなかった。 妻により「ポン」と名付けられたこの子猫は、飼い始めて栄養状態が良くなったからか、模様はどうにもならなかったが、色ツヤは見る見る良くなりなかなかの美人になった。 こうしてポンとの15年が始まりました。 この頃は首輪をしていた。嫌がったのですぐに止めたけど。何もかも珍しい様子で元気に飛び回っていた。2002年12月15日撮影。 2002年12月15日撮影。 2002年12月16日撮影。 2002年12月17日撮影。 2003年11月16日撮影。 抜糸してタオルを外した姿。解放感でかなり嬉しそうだった。2004年1月31日撮影。 元気なポンは家の中のいろいろなものを「破壊」した。これはクッションを一晩かかって引き裂いて滅茶苦茶にしたところ。2004年3月17日。 2005年12月23日撮影。 2007年9月16日撮影。共働きの我が家は基本的に日中は戸締りをしてしまう。ポンはほぼ完全に家猫として育った。時折り脱走する事もあったが、外は恐ろしい世界。家の中から眺めている事が多かった。 2007年12月20日撮影。 ヒゲがとても立派。2007年12月23日撮影。 ポンはとにかくカメラを嫌がった。2007年12月23日撮影。 2008年2月24日撮影。 2008年2月24日撮影。 模様は滅茶苦茶だけど、なかなか美猫だと思う。飼い主バカ。2008年2月24日撮影。 2008年3月9日撮影。 2008年3月11日撮影。 模様はひどいけど、首下から胸にかけての白毛はとてもきれいだったと思う。2008年3月11日撮影。 2009年9月11日撮影。 2009年10月12日撮影。 2010年2月9日撮影。 2010年5月14日撮影。 2010年9月7日撮影。 人間の食べ物には絶対手を出さなかった。生肉は脂身の無いものを好んだ。2010年9月12日撮影。 2011年3月18日撮影。計画停電で真っ暗になった家はポンの世界。興奮して走り回っていた。 2011年3月22日撮影。 2011年3月22日撮影。リラックスしているが、余震が続いていたので心休まらない日が続いた。 2011年3月29日撮影。 2011年10月29日撮影。 2012年1月19日撮影。 2012年1月24日撮影。 雪を不思議そうに見つめるポン。2012年2月29日撮影。 2012年4月2日撮影。 10歳になったポン。貫禄ある猫になった。子供っぽい所も残っていたけど。2012年11月7日撮影。 11歳になってもきれいな肉球。2013年11月10日撮影。 2014年8月20日撮影。 2014年11月18日撮影。 2014年11月18日撮影。 そして夜はホットカーペット。2015年2月2日撮影。 2015年3月14日撮影。 リラックスポーズ。2015年4月12日撮影。 2015年4月14日撮影。 ハウスの使い方はかなり自由だった。2015年9月28日撮影。 2016年11月7日撮影。 2016年11月7日撮影。 昔のようなやんちゃさは無くなった。このように遊ぶのも少なくなっていった。2016年11月28日撮影。 寝てばかりいるので、あまり撮らなくなっていた。これが発病前の最後の撮影となった。2017年6月14日撮影。 2017年8月末、自分は不思議な夢を見た。目の前にポンが眠っている。そこへ天からポンそっくりな猫が降りて来て、眠っているポンを天へ連れて行くのだ。そのポンそっくりな天使のような猫はニッコリ笑って自分に向かって「ありがとうございました」「お世話になりました」と言って、眠っているポンを連れて行く。 「ポン、ダメだ!」「行っちゃダメだ!」と自分は叫んだが、金縛りのように動けず、それを止められない。そこで目が覚めた。「変な夢だったな・・・」とその時は思った。後味の悪い夢だった。 その直後くらいから、ポンは急に食欲不振になった。妻と「おかしいね」と思っていたら、9月に入り口内に悪性腫瘍を発見。ポンの闘病生活が始まった。病状はどんどん進み、顔面を中心に見るに堪えない状態になった。 それでもポンは頑張った。腫瘍で口内はひどい状態なのに最後まで頑張って食べた。そして11月26日未明に危篤状態に入り、夜10時半に亡くなった。 危篤状態のポン、葬送のポン、最後まで撮影してポンの闘病の記録を記事化しようとしたが、今は出来ない。 ポンにまた会いたい・・・。
|
愛猫ポンの部屋
[ リスト | 詳細 ]
|
昨日2017年11月26日午後10時30分、我が家の愛猫ポンは永遠の旅の途に就きました。 15歳、人間なら80歳くらいに相当する大往生でありました。 飼い主が病変に気付いてからおよそ3ヶ月。不治の病扁平上皮癌に犯され、最期まで飼い主も驚嘆するほどの闘志で病と闘いました。 その姿は生命の輝きの何たるかを、我々に強烈に示すものでした。 ポンは最期の最期まで全身全霊で全力で生きようとしました。 本当に壮絶で、飼い主にとっては切ないものでした。 ポンが居ない生活が始まりました。 この喪失感を我々が乗り越えるまで、これから相当な時間を要すると思います。 ポン、ありがとう。そしてお疲れ様でした。合掌。 (写真は2008年3月16日に撮影したポン。当時5歳。本ブログのプロフィール写真に使用しているもの)
|
|
不治の病(扁平上皮癌)を患ってしまった我が家の猫ポン(雌)。15歳という高齢のためこれ以上の治療は効果が無いという事になり、飼い主としては最後の時まで穏やかなる事を祈るのみ・・・。 ↓前回記事参照。 (https://blogs.yahoo.co.jp/sac_murakumo/57877512.html) 2017年10月17日火曜日病状は小康状態。食欲はあり、よく動き回っている。猫缶を1日1缶平らげてしまう。口内の腫瘍切除後、輪郭が少し歪んでしまったが、10月中旬まではまだまだきれいな顔をしていた。 2017年11月9日木曜日時々食事困難になって残すようになった。だが食べる意欲はある。排便は少ない。トイレに入る前に間に合わず失禁してしまう事あり。それでもポンは何とかして今までと同じように暮らそうとしている。頑張っている。その頑張りようは感嘆せざるを得ない。 |
|
我が家の愛猫ポン(15歳メス)の口内に出現した大きな腫瘍。年齢から言っておそらく悪性腫瘍と思われるが、その正体を明らかにしないと今後の闘病生活の方針が立てられない。よって一部を切除して検査機関へ送る事になった。そして同時に可能な範囲で切除しようという事になった。そうしないと、腫瘍が邪魔して食事が困難になってしまうから。 22日、日帰り入院で手術実施。予想通り腫瘍は頭蓋骨まで入り込んでおり、完全切除は無理だった。それは予想していたので仕方ないが、切除の目的は食事の際の邪魔者を除去する事。なのに術後の経過が思わしくなく、傷跡が痛むのか食事が出来なくなってしまった。そして残る腫瘍も痛むらしく、あくびが出来なくなり、鳴き声も出なくなってしまった。 23日から25日の状況はひどいものだった。口内はボロボロで見るに堪えない。まるで腐敗したようになっている。舌も十分に動かせず、悪臭が漂い唾液を垂れ流している。食事が出来ないのはもちろん、水さえも飲めない。 このままでは、痩せ衰え体力を失い、座して死を待つのみとなってしまう。 ただ、このような状況においても一貫しているのは、ポンは食欲はあるという事。「お腹空いた」「ご飯ちょうだい」というアピールを続けている。しかし、一口食べると傷に当たって食べれられない。ポンにとっても飼い主にとっても切ない状態。 そこで26日、再度受診。鎮痛剤と補水液を注射、飲み薬は続行、さらに傷口に直接塗布する軟膏が処方される。そして自力での食事は無理になったので、注射器でトロトロペースト状の餌を喉近くに注入してあげる事になった。 妻も自分も先生に注入の仕方を教えてもらい、帰宅後さっそく試してみる。結果、介助は必要なものの、しっかりとした量を食べる事が出来た。 以上が前回記事までの状況。 ペースト食1パックを注入。注射器で注入するので、食事というよりはやはり注入という印象。ともあれ3時間ほどすると、再び空腹アピール。よってもう1食注入する。 この日自分は夜勤なので午後出勤しようとしていたら、また空腹アピール。すごい食欲に驚く。よってさらにもう1食注入。 食後のポン。まったりしている。満足そう。食べられなかった数日間と比べると、明らかに元気度が違う。まるで病気になる前のような元気さ。 出勤後、夜勤中の自分に妻からLINE。「口内がかなりきれいになっている」「食欲がすごい」との事。 ひょっとしたら自力で食べられるかもしれない。 妻が試す。 「自分で食べている」との事。 もう自力で食べるのは不可能だと思っていたので、涙が出そうになるほど嬉しい。すごいぞポン。 ポンの生命力に感動。早く会いたい。 昼前に帰宅すると、さっそく「ご飯ちょうだい」アピール。ペースト食ではなく、ソフトタイプの猫缶を湯で崩して与える。ゆっくりだがモリモリ食べる。そして残さず完食。すごい。 夕方になると動き回って「ご飯ちょうだい」。大したもんだ、この猫は。 夕食を食べるポン。一日でほぼ一缶食べた。この状態がいつまで続くか分からないが、食べられるという事はすなわち「生きる」というアピール。しっかり食べてもらおう。 再びポンが自力で食べる姿が見られた。妻も自分も感動の一時でありました。
|






