神の御言葉の受肉と共に、 永遠から、神の御母に予定されていた聖なるおとめマリアは、 神の摂理の定めによって、この地上において、 神である贖い主の優しい御母、無二の誠実な伴侶、主の謙虚な召使であった。 マリアは、キリストを懐胎し、生み、育て、神殿で御父に奉献し、 十字架上で死を迎えた御子と共に苦しむことによって、 従順、信仰、希望、燃える愛のうちに、 人類の超自然的生命を回復するために、 救い主の御業に、全く独自な方法で協力した。 このためマリアは、恩寵の世界において、私たちにとって母親となったのである。 恩寵の計画におけるマリアの母親としてのこの役割は、 天使のお告げの時に、忠実なマリアに与えられ、 そして十字架のもとでためらうことなく堅持した同意に始まり、 選ばれた全ての者の、永遠の完成に至るまで、絶え間なく続くものである。 マリアは天にあげられた後も、 この救いをもたらす務めを放棄せず、 むしろ数々の取次ぎによって、 私たちに永遠の救いの賜物を得させるために続けておられる。 マリアは、その母性愛から、 自分の御子の兄弟たち、 この地上でまだ旅を続け、危険や困難の中にある兄弟たちが、 幸福な祖国に到達するまで配慮し続ける。 このため聖なるおとめマリアは、教会において、 弁護者、扶助者、救援者、仲介者の称号をもって呼び求められている。 しかしながらこのことは、唯一の仲介者であるキリストの尊厳と効力から、 何ものをも取り去らず、また何ものをも付加しない、 という意味に解釈されなければならない。 事実、いかなる被造物も、 受肉した御言葉、贖い主と、決して同列に置かれてはならない。 しかしながら、キリストの司祭職に、聖職者や信者の民も、 種々の様式で参与するように、 また、神の唯一の善性が、被造物に、種々の様式で現実に広げられているように、 贖い主の唯一の仲介は、造られた者が、 唯一の泉に参与しながら行う種々の協力を、『拒絶』するものではなく、 むしろ、これを引き起こすのである。 教会は、このような従属的なマリアの役割を、ためらうことなく宣言し、 絶えずこれを経験し、さらにこの母親のご保護に支えられて、 仲介者である救い主に、一層親密に一致するよう、 これを信者の心に勧めている。 |
聖母マリア(◕‿◕✿)
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素晴らしいですね。マリア様の記事にぽち!
2007/7/2(月) 午後 2:09 [ - ]
マリア様のような母性愛ってなかなか出来ない気がします!
ポチ☆
2007/7/8(日) 午後 0:17 [ ☆ティアラ☆ ]
今世界でオカルト的に言われるマリア様の涙はこの母性愛から出て来た物でしょうね。
我々はこの涙に答えられる人類でいないといけませんね。
2007/7/8(日) 午後 11:13
こんにちは(^0^)私は聖母マリアさまが大好きで尊敬します☆そういえるには膨大な時間と用紙を必要としますのでいずれ機会と関心が湧いた時にでもお話しましょう☆いろいろありがとうございました☆
2007/7/25(水) 午後 6:14 [ 沖縄エリア公式ブログ ]