Deus, cui proprium est misereri semper et parcere: propitiare animabus famulorum, famularumque tuarum, et omnia eorum peccata dimitte; ut mortalitatis vinculis absolutae, transire mereantur ad vitam. Per Christum Dominum nostrum. Amen. 神よ、いつも憐れみ、赦してくださるのは、ただあなただけです。あなたのしもべとはしための魂を、いつくしみ深くあしらい、彼らの全ての罪をお赦しください。こうして、彼らが死の鎖を解かれて、生命へと過ぎ越させていただくことができますように。 私たちの主キリストによって。アーメン。 |
死者(煉獄の霊魂)のための祈り
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これはラテン語の祈りですか?昔からの、1000年以上の長さを祈りつげられたのでしょうか・・・。歴史の深みで祈った人たちの業は尊いですよね。わたしのブログにいらしてくださってありがとうございます!
2006/9/30(土) 午前 7:15
時々、この世には理不尽なことが起こり、それが些細なことではなかったりしますが、そのようなときにはほんとうに、神の存在、イエスキリストの言葉が慰めです。わたしが、イエスキリストを知ったのは、小学生のときで、恐怖で夜眠れずそれがずっと続いて気が変になりそう、もうだめだと思ったときに、クリスチャンではない友達の家に何気なく投げ出されていた小冊子によってです。それから、無理矢理にでも善なるものを想定し、やがて眠れるようになりました。長かったです。
2006/10/1(日) 午後 0:32 [ - ]
kureniさん、そうです、ラテン語でございます♪ありがとうございます☆私たち人間における「尊さ」の全ては、みな神に由来するものです☆人間の存在の初めから、人間は神にかたどられて創造されました。私たちは「神から来て、神へ向かう」者です☆それはとても幸せなことですが、この世においては、その本当の至福の、ごくわずかの前味わいにすぎませんが、神様はその幾分かを、祈りのうちに味わわせてくださいます♪愛そのものである神は、たたえられますように♪
2006/10/1(日) 午後 5:15
ぼたん雪さん、神様がお許しにならない限り何事も起こりません。神様は、全てを善のために役立たせてくださいます☆ただ神様だけが、悪から善を引き出す術をご存知です☆全ては永遠の知恵そのものである神様の、いつくしみ深いはからいによるものです。ですから、何が起ころうとするにせよ、神様に信頼しながら祈りのうちに歩みましょう。ご自分の悩みを主イエズスの聖心に委ね、おまかせするならば、僕たちにとって一番善い方法で解決策を与えてくださいます♪いつも感謝のうちに祈りましょう♪
2006/10/1(日) 午後 5:25
そうですよね。イエス様の犠牲があるからこそ今こうして私たちが生きていられるのですよね。そして、神様の御許に戻れるという希望が持てるのですよね。
2006/10/3(火) 午前 3:21 [ kken ]
xtcgg564 さん、そのとおりです♪主は仰せになりました;「私は道、真理、生命である。私によらなければ、誰も父のもとには行けない」私たちと全世界に、神の憐れみが注がれるよう祈りのうちに、日々過ごしていきましょう。そして、永遠の過ぎ越しに入ることができますように☆
2006/10/3(火) 午前 3:35
文語の食後のお祈りには、亡くなった人々の霊魂が安らかで
ありますようにという言葉が含まれていましたね
信者の霊魂だけでなく、全ての人、また信者でない家族の霊魂
の安息のためにも、付け加えてお祈りするようにしています
2013/8/29(木) 午後 3:29