罪の種類は、実に多く、
聖書は、その幾つかのリストを挙げています。
ガラテヤの信徒への手紙は、肉の業を霊の実に対立させています。
『肉の業は明らかです。
それは、姦淫、猥褻、好色、偶像崇拝、魔術、
敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、
ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。
以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、
このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません』(ガラテヤ5.19,21)
罪は、人間的行為と同様、その対象によって区別できます。
また相反する徳や、その行き過ぎ、不足によっても、
また相反する掟によっても区別できます。
また、神に背く罪、隣人に背く罪、自分自身に背く罪によっても整理でき、
あるいは精神的罪、肉体的罪、
さらに思いの罪、言葉の罪、行いによる罪、怠りによる罪にも分類できます。
『悪意、殺意、姦淫、淫らな行い、
盗み、偽証、悪口などは、心から出てくる。
これが人を汚すのである』(マテオ15.19,20)
というキリストの教えによれば、
罪の根は、人の心の中に、自由意志にあるのです。
純粋で善い業の源である『愛』も、心の中にあるもので、
罪は、この愛を傷つけるのです。
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罪って結構身近にあるもんですね。何気な行動も……。
2007/9/24(月) 午後 9:42