法と罪と赦し(◕‿◕✿)

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第3章 ゆるし

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6.マリア〜イエズスと共に赦しを与える御方〜(前回の続き)


 世の母親たちよ、もしあなたたちが、
 我が子のために全てを捧げる覚悟を感じているなら、
 あなたたちもマリアに似たものとなる光栄をもっている。

 正義が要求する罰と、処罰をうけねばならない犯罪者との間に、
 マリアは、類なく美しい寛大な母性愛を差し入れる。
 判事は、決してこれを無視することができない。


 旧約聖書の、王ダヴィドの物語を伝える書の中に、
 きわめて簡単な、それでいて、冷ややかな心を感動させる美しいエピソードがある。

 ひとりの母に、2人の子があった。
 聖書がいうとおり、この2人の兄弟の仲が悪かった。
 年とともに互いの憎しみも増してきて、成人すると決闘を交えた。
 そして、1人は殺された。
 当時の容赦しない人道的正義は黙っていない。
 人殺しは逮捕され、裁かれ、死刑を宣告された。

 しかし、彼が2人の役人に付き添われて仕置き場に行きかけた時、
 突然、法廷のうしろから1人の婦人が走りでてきた。

 彼女は、喪服をつけていたが、激しい必死の表情で鋭い声をあげて訴えた。

 『判事さま、待ってください!
  私はこの男の母です!
  私の心はすでに1人の子に死なれて、ひどく痛み悲しんでいます!
  私は最愛のものの半分を失ったのです。
  それをあなたは、その残りの半分をも奪おうとなさるのですか?。。。』


 そしてついに、異例の赦しが出たのである。
 判事がこの大赦の特典を与えたのは、
 殺人が死にあたらないからではなく、
 このうえ男の母の心をを打ち砕くに忍びなかったからである。

 心冷ややかな非人間的な判事の心でさえ、
 泣き悲しむこの母の叫びを退けえなかったのなら、
 まして憐れみに富んだ神の聖心についてはなんといおう?


 罪深い人類が、妥協を許さぬ厳しい正義の名によって、
 当然の処罰をうけねばならないその日、
 聖母マリアも、進み出て叫ぶにちがいない。


 『主よ、お待ちください!
  私は母です!
  この人類を、あなたはカルヴァリオ山で私の子としてお与えになったのです。
  あの時の恐ろしい悩みを、今も与えようとなさるのですか?』


 主が、マリアの叫びを聞き入れられないなどと、何人が疑うことができよう?

 そのうえ、マリアが絶え入るほどに泣き悲しんだ、なくなった我が子とは、主ご自身であり、
 2人が血なまぐさいカルヴァリオ山上で、
 1人の祭司、1つのいけにえとなっていたことを考え合わせるとなおさらである。

 したがって、キリストの贖いをもたらす赦しについて詳しくいうなら、
 マリアも、キリストによるこの贖いの御業に協力したというべきである。


 マリアは、清さを限りなく愛し、他人をも清くすることに誇りを感じていた。
 救い主の母としての彼女の立場は、
 この誇りを具体化させる権利を彼女に与えていたのである。


 のちにマリアは、地上の子供たちに現れる時(ルルドなどの出現において)、
 『改心しなさい!改心しなさい!』と繰り返すのである。
 この言葉は、不従順な子供たちの救いのために心を砕く、
 母の心の響きである。


 母性愛のこのヒューマニズムを、神の示しは、
 異教の思想が夢にも想像できなかった高みにまであげたのである。

 地上には、母と名づくべき者がいたるところにある。
 しかし、異教の数ある女神のうちで、
 無限に赦しを与える母心のある女神がはたしてあるだろうか?



 マリアの心は、神の聖心の忠実な響きにすぎない。
 しかし、彼女はこれに、
 母性愛の抵抗できない広さと、感動させる魅力とを加えたのである。


 彼女は、私たちの十字架の道行きのかたわらに立って、
 彼女がその苦しみを光栄にかえたように、
 私たちも、自分の苦しみをひとつの贖い、ひとつの勝利にかえるように助けるのである。
 私たちが、マリアの前に小さな者となればなるほど、
 マリアは母としてふるまう。
 そして、マリアが私たちのかたわらに付き添う時、
 生命と赦しを受ける機会も増えていくのである。


 その子供たちを御父と和睦させるマリアのこの母性的役割は、
 古代から彼女に向けられた『憐れみの御母』という尊称や、
 『罪人の避難所』という呼び名によくこれがあらわれている。


 罪を忌み嫌う彼女は、
 御子と共にその心のうちに、
 罪を犯した人々に対する特別な愛のわいてくるのを感じている。



 母がその子を愛するのは、
 その子を生み出すために自分の生命を危険にさらしたからである。
 救い主の御母が罪人である子供たちを愛するのは、
 カルヴァリオ山上の言い尽くし得ない苦しみを通じて、
 彼らを霊的に生み出したからである。


 こうして、『悲しむ御母』で、かつ『憐れみの御母』であるマリアは、
 私たちを贖うために協力する。
 救い主である御子を与えた彼女は、
 御子の赦しをも私たちに得させるのである。


 天と地を結び合わせた彼女は、
 神の聖心と、罪人の痛悔した心をも結び合わせるのである。



 『憐れみの神がマリアにやどられて以来、
  彼女の心は憐れみと赦しとに溢れるようになった』(1月16日の聖務日課)



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女性の母性の中にはほんの少しかもしれないけどマリア様の愛が含まれている・・子供たちを見つめる女性の瞳を見るとそう思わずにはいれれないですね^^

2007/12/19(水) 午後 10:41 ろびん

凄いランキングなのですね、ビックリ。
子どもを愛する母の気持ちは、わが身を捨てても、なりふり構わず、飛び出してくるようです。その究極の強さが、神の愛に触れたのでしょう・・・

2007/12/22(土) 午後 10:26 asa*i0*0107

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「マリア」・・・
聖なる母の名を呼ぶと何もかも投げ出して包まれたくなりますね

2008/1/1(火) 午後 3:11 mito


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