恐れないでもよい。
悪魔の力は、私以上ではないのだから。
へりくだって地に接吻し、私と一緒にゲッセマニにおいで。
そうして、この聖心に染み透る悲しみと苦悩に、お前の心を沈めておくれ。
群衆に説き、病者を癒し、盲人の目を開き、死者を蘇らせ、
3年の間使徒たちに教え、そして私の言葉をその手に託した。
次いで、互いに赦し合い、助け合うことを学ばせるために、
私が自ら足を洗ってやって手本を示し、
また、私のからだを糧として与えた。
人となった神の聖なる独り子、人類の救い主が、
その血を流して世に生命を与える時が来た。
そこで私は御父の御旨にまかせるために、祈りに身を沈めたいと思った。
愛する者たちよ、ここに来て、お前たちの鑑である私から学びなさい。
必要なことは、ただ1つしかないことを。
それは、たとえ天性がどれほど抗おうとも、
心からへりくだって、神の御旨に身を捧げるべきことを。
また、全て大切な行動は、まず祈りをもって始め、
祈りによって生き生きとされなければならないことを覚えておきなさい。
困難にあって力づけられるのは、祈りにおいてであり、
そこにおいて神は、人々が気付かぬうちに、ご自身を与え、励ましてくださる。
私はゲッセマニの園に引き退いた。
すなわち孤独のうちに引きこもった。
そのように霊魂は、世の騒がしさから遠く離れて、
そのうちに神を探さなければならない。
神を見出すためには、しばしば恩寵に逆らう全ての自然的欲求を抑制しなければならない。
聖霊のささやきや、神との親しい交わりを妨げる自己愛を、
そして、情欲に言い訳を沈黙させなければならない。
私は3人の弟子を伴った。
それは、祈りの際、霊魂の3能力を使って、助けとしなければならないことを、
心から愛する人々に教えるためである。
神の完徳と恩寵、御力、仁慈、愛、憐れみ、
またお前たちへの愛などを思い起こしてみるように、
また、神が自分たちのうちで行われた数々の感嘆すべき御業に応えるために、
理解力を働かせて、何をしたらよいかを考えるように、
神のために、前よりもっと強く、もっと多く役に立ちたいとの念願に燃えるように、
救霊のために使徒的働きをなしたいと望むように、
また、黙々と祈りのうちに、卑近な目立たない生活のうちに己を捧げたいと望むように、
創造主である神の御前に、被造物としてふさわしく全身全霊をもってひれ伏し、
自分の上になされる神のはからいを慎んでお受けして、
その御旨に全く服従することができるように。
このように私は救世の事業を完成するために身を捧げた。
私の上に降りかかる苦難の全ての苦痛を感じた時は、なんという瞬間であったろう。
誹謗、侮辱、鞭打ち、茨の冠、渇き、十字架!
これら全ての苦難は、私の眼前に現れたばかりでなく、聖心をかきむしった。
それは同時に、世々にわたって犯される無礼、罪、害悪を見たからである。
見たばかりでなく、これらに取り囲まれた。
神の独り子である私が、この辱めの重荷を担いつつ、
御父に憐れみを懇願するために進み出なければならなかった。
このように辱められ、いらだたされた神の御怒りが、
私の上に降りかかるのを感じ、御怒りをなだめるため、身代わりとして己を捧げた。
おびただしい罪と悪の重みに押し潰され、
私の人間性はたとえようもないほどに悶え、
死ぬばかりの苦しみを感じ、
その苦しみのあまり、血の汗が流れたのである。
それなのに。。こんなに私を苦しめた罪人よ。。
本当にこの血がお前たちの救いと生命になるであろうか!
あぁ、この救いをもたらす汗、この苦悶が、多くの者にとって無用となってしまうとは。。
ヨゼファ、今日はここでやめよう。
ゲッセマニの園で、お前のか弱い心根に、私の血を注いで強めることができるよう、
私のそばにいておくれ。
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ブログ村の哲学思想というのに宗教があるのですね。
ぽちっとな!
2008/2/18(月) 午後 6:04 [ - ]
なにか、不思議とほっとした気分になりました。
2008/2/19(火) 午後 5:18 [ みちぽん ]
昨日も十字架の道行の中でイエス様のご受難の意味について、
あらためて考えてみたいと思いました。
ゲッセマネの園での祈り、タボル山での変容・・・読んでいて
不思議と癒された自分がいました。
2008/2/23(土) 午後 5:26 [ アダージョ ]
ブログご訪問&コメントにお写真、ぽちっとするものまでプレゼントしてくださってありがとうございました!!また遊びにきてください、こちらも来させていただきます☆
2008/2/27(水) 午後 4:50 [ mariajosephus ]
本当になんか安心できます。
でもやっぱり深いなぁって思います。またこれから私が生きていく中でまた理解していくことも大切だと思いました。
聖書をよむといっつも思います。
2008/2/27(水) 午後 11:11
あの、本当にこんなところに書き込んでよろしいのか否かわかりませんが…、というより実話かもわからないのですが…
”イザヘル・アヴォン・アヴォタヴ・エル・アドナイ・ヴェハタット・イモー・アルティマフ…”
イエス・キリストが生まれた当時、『詩篇』はイスラエルで子供をあやすために子守歌代わりに歌われていた(中略)ユダヤの王だったヘロデ大王は三賢人から、将来ユダヤ王になるであろう救世主が誕生したことを聞き、ベツレヘムに彼らを派遣する。が、三人はお告げによってヘロデの真意を知り、生まれたばかりのイエスを礼拝したあと、ヘロデに報告することなく故国に帰ってしまう。ヘロデは騙されたことに気付き、部下に命じて、ベツレヘムとその周辺にいる二歳以下の男児を一人残らず殺害した。興味がありましたらお時間が空いているときにお話ししましょう。実話(本自体ではなくキリストのお話)か否かが気になってしまうので。
ご返事を待っています。
2008/2/28(木) 午後 8:22 [ ちっぴぃくん ]
久しぶりに、お邪魔しています。^0^”
気持ちがもやもやした時は、来るべき所なんだなぁ・・・
興味のある、所を見せて頂いて、癒されて帰ります。。。
2008/3/10(月) 午前 11:09 [ mei*n*nao ]
こんばんはm(_)m
お誕生日のお祝いを届けてくださってありがとうございました☆
とっても、大感激しました。うれしかったです(^^)
「・・・ゲッセマニにおいで・・・」
お優しいイエス様のお顔がみえるようです。
少し、心が楽になりました。
2008/3/14(金) 午前 0:24 [ - ]