兵士たちが私を捕らえようと進み出た時、『私である』と言った。 今私は、誘惑に陥ろうとしている霊魂にも、この言葉を繰り返す。 『私である』と。 そうだ。私だよ、まだ時がある。 請うならば、今でも喜んで赦すのだ。 そうすればお前は、罪によって私をしばるのではなく、 かえって私がお前を、愛の鎖でつなぎとめることになる。 さぁ、おいで!お前を愛する私がここにいる! 聖なる血を注いであげた私だ。 お前の弱いことに深く同情して、愛の腕に抱き入れようと切に望んで待っている。 私の選んだ者よ、私の司祭よ、さぁ、おいで! 私は無限の仁慈である。 恐れないでよい。 私は罰しない。お前をはねつけたりはしない。 それどころか、私の聖心を開いて、前よりももっと優しく愛してあげるのだ。 お前の罪を、私の傷の血で洗い去ってあげる。 天国においては大いなる喜びとなり、 お前の回復した霊魂の美しさに、一同は驚きの目をみはるのだ。 そうして私の聖心は、お前の心のうちに憩いを見出すだろう。 。。。このような優しい言葉をかけても、まだ私を縛り、 死に引き渡す者があるとは、なんという心痛の極みだろう! ユダは私を裏切るために接吻して、そして園を立ち去っていってしまった。。。 彼は犯した罪の重大さを知って、絶望に身を沈め、それに自らをゆだねた。。 私の使徒が、永遠の滅びへと突き進んで行くのを目の当たりにした私の、 この聖心の苦しみを、誰が計り知ることができようか。。 こうしているうちにも、犠牲を全うする時が来た。 兵士たちのなすがままにまかせ、私は小羊のように温順に身を渡した。 彼らは私をすぐカヤファの家へと引き連れていった。 そこで私は軽蔑、侮辱を受け、 1人の召使が、初めて私を平手で打った。 最初の侮辱! これをよく理解するがよい。 ヨゼファよ、それは鞭打ちの刑より苦痛ではなかった。。 しかし、この最初の平手打ちの中に、 それまで恩寵のうちに暮らしていた多くの霊魂が犯す、最初の大罪を想ったのである。。。 彼らにとっての最初の大罪。。 それは、他の大罪へと道が開かれ、 また他の多くの霊魂が、その前例に従って、同じ危険に惹かれる。 。。おそらく同じ不幸に! 罪の中に死を迎える不幸へと! 使徒たちは、私を捨てて逃げ去った。 ペトロは好奇心に駆られて、召使らの間に、知らん顔のうちに混じっていた。 その周囲には、偽証を重ねてゆく偽証人ばかりで、 不公平な判事の怒りを、一層かきたてている。 私は『人民を惑わす悪人、安息日を冒涜する者、偽預言者』と呼ばれ、 下役たちもこの誹謗に煽られて、私に向かって悪口を浴びせかけ、脅かす。 私の生涯の目撃者、教えや奇跡の目撃者である使徒たち、 弟子たちは一体どこに行ったのか? 私が当然愛を期待していたはずの者たちのうち、 ただ1人として、私を弁護するために現れてはこなかった。 私は唯独り、今にも喰い殺そうと構える狼のような兵士らに取り囲まれていた。 彼らはみな、私を虐待した。。。 1人は顔を殴打し、1人は汚れた唾を吐きかけ、また他の者は私を嘲弄した。 この聖心がこのような虐待を受け、じっと耐えていた間、 教会の頭に立てられたペトロは、 〜つい数時間前に、死に至るまで私に従うと約束したそのペトロは〜 私を弁護すべきその時に、 ただ詰問されただけで、私のことなど知らないと答える。。 再び問われると、すっかり恐れて、『あんな人は知らない!』と誓う。。 あぁ、ペトロよ、お前まで主を知らないと誓うのか。。 誓うばかりでなく、3度目の詰問に、お前は恐ろしい呪いの言葉でもって、私を否んだ。。 選ばれた者たちよ、 世の人々が私にはむかう時、 私は、特別愛されたものたちの方に、私の眼を向ける。 それなのに、捨てられ、裏切られるのだ。 これは、私の聖心にとって、どれほど悲しく辛いことであろうか。。 お前たちにも、ペトロと同じように呼びかけなければならないのか。。 『私が示した愛情を忘れてしまったのか。 私たちを結ぶ契り。。 死に至るまで忠実を尽くし、私を防御すると、 たびたび繰り返した約束はどこへいってしまったのか。。』 もし、力なく、震えおののくならば、 自分に信頼しないで、私の助けを求めればいいのだ。 私はお前を支えてあげる! あぁ、多くの危険に取り囲まれて生活する人々よ、 危険に身を晒すな。 ペトロもつまらぬ好奇心に駆られ、 大胆に敵のさなかに入り込まなかったなら、 罪に陥ることもなかったのに! 私の葡萄畑で働くものたちよ、 何らかの場面で、世間的楽しみに惹かれて行動を取ろうとするならば、 その場から、ただちに逃げなければならない。 もし反対に、上から命じられたり、 神の栄光のため、また救霊事業のために働くならば、 何も恐れることはない。 私がお前たちを守り、危険に対しては勝利を得させてあげよう。 兵士たちが私を獄に連れて行く途中、 私は、群衆の中にいるペトロを見つけ、じっと見つめた。 ペトロも、私を眺めて。。いたく泣いた。。 そのように私は、罪を犯す人々を見つめるが、 罪人は私に目をとめてくれるだろうか。。 いつも視線が合うだろうか。。 あぁ、悲しいことに、私はたびたび空しく待っている。。相手が見つめてくれるのを、 私は見つめている。。それなのに、私をかえりみてはくれない。 名前を呼んでも、答えてはくれない。。 罪から目覚めさせようと、禍を送るが、気付いて起きようともしない。 愛する者たちよ、 もし天を仰ぎ見ないならば、 お前たちはいつか、理性のない獣のように、 常に地面にうずくまってばかりいることになろう。 お前たちを待つ祖国に向けて、頭を上げ、神を求めるならば、 そのまなざしはお前たちの上に注がれ、 そのまなざしのうちに平和と生命を見出すだろう。 ヨゼファよ、十字架を取って、 私を愛するために、 そして、霊魂の救いのために、苦しんでおくれ。 私がどれほどお前を愛し、 霊魂たちを愛しているかを知っているだろうか? 彼らのためにお前を使うのだ。 お前がどんなに小さく、無価値であろうとも、 私は、そのか弱さを、私の功徳と愛に一致させて用いるのだ。 もしお前が、忠実に私を愛するなら、私も忠実に、お前を慰めずにはおかない。 私は絶えずお前を愛し、支えてあげる。 私の愛情のしるしを与えたのを知っているであろう。 お前を天国に連れて行くまで、 もっともっと与えるつもりだ。 今日はこれで充分であろう。 私の聖心がお前に惹かれるのは、 お前に功徳があるからではなく、 お前が惨めで哀れだからだということを忘れてはならない。 私の十字架を取って、何も恐れるな。 お前の力以上のものは、決して与えはしないからだ。 私は愛の量りにかけて、分量を量っている。 |
私的啓示(◕‿◕✿)
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降り注がれる慈しみ
限り知れない深い情愛が感じられますね。
2008/3/10(月) 午前 1:00