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スペインの神秘家、アグレダの尊者イエズスのマリア修道女院長(1602〜1665.5.24)への私的啓示の書『神の神秘的都市(The Mystical City of God)』を少しずつ紹介していきます。 主イエズス・キリストが十字架上での御死去を迎えるその時まで、 堕天使ルチフェルとその手下たちは、主が神であるかどうか明確に把握していませんでした。 それゆえ、聖母の威厳についての認識も定かではありませんでした。 彼ルチフェルは、神が人となり、 救いの御業を成し遂げるであろうことをおぼろげに知っていました。 しかしながら、主の奇跡に感服しても、 主の貧しさや、蔑まれたり、疲れ果てたりする御姿を見て、 主が神であると、認めることができませんでした。 ルチフェルはその傲慢ゆえに、 みすぼらしく見える主を、神御自身であると認める気すら起こらなかったのです。 ただ、状況判断によれば、確かに、主が神であろうと考え、混乱していました。 ところが、主が十字架を担い、救いの完成に向かわれるや、 神の力を悟り、物事を明確に把握し、 ルチフェルとその手下たちは、すっかり驚愕し、地獄に飛び込もうとしました。 自分たちが殺そうとした無実の男が、単なる人間ではなく、 その男によって、逆に自分たちとその働きが滅ぼされるはめになることを認識し、 居ても立ってもいられなくなったからです。 彼ら悪魔は、地獄に逃げ込もうとするところを聖母に捕らえられ、 恐ろしい龍たちが鎖に繋がれたようになり、 カルヴァリオに至るまで、主のお供をさせられることになりました。 聖母は、その御子である主の御力によって、 この神秘的な鎖の端をしっかりと握り締め、悪魔たちを従属させました。 悪魔たちは怒りに荒れ狂い、何度も鎖から逃げようと試みますが、 聖母に打ち勝つことができませんでした。 聖母は、悪魔たちをカルヴァリオ山頂まで連れて来ると、 彼らを十字架の周囲に身動きしないように立たせ、 人類の救いの神秘を目の当たりにさせ、 悪魔たちとその働きの滅びのもとを直視させました。 ルチフェルと地獄の霊たちは、 自分たちが主と聖母のそばにいる、という苦痛に打ちのめされ、 自分たちに襲いかかる滅びを恐れおののき、 地獄に飛び込んだほうがましであると考えていました。 彼ら悪魔は地獄に戻る許可が下りないので、 各々打ち倒れ、互いの上に重なり合い、 もがきつつ、のた打ち回りながら、自分たちの暗黒の避難所を探し回りました。 悪魔たちの怒り狂う姿は、 動物同士の殺し合いや、龍同士の死闘よりも、もっと残酷極まりないものです。 十字架上から、主が7つの御言葉を発するや、 悪魔たちはそれに耳を傾け、その意味を明確に認識しました。 主は、悪魔たちに打ち勝ち、罪と死を克服し、 悪魔の魔の手から、人類を取り戻したのです。 第1の御言葉 『父よ、人々をお赦しください。彼らは自分たちが何をしているかをわかっていないからです』 これを聞いてルチフェルは、主が真の神の御子であることを確信しました。 主なる神が、引き受けられたその人間性において御死去になり、 全人類を救いにあずからせ、 アダムの子孫全員の罪に赦しをもたらし、 処刑者たちでさえ、例外でないことを把握したのです。 それを知った悪魔たちは、激怒し、絶望のうちに荒れ狂い、 聖母の御手から、幾度も逃れようと試み、持てる力を使おうと暴れ回ります。 第2の御言葉 『まことにまことにあなたに言う。あなたは今日、私と共に楽園にいるだろう』 これは、罪人の赦免が、義人の栄光に値するとの意味合いであると、悪魔たちは悟ります。 原罪のために閉ざされていた天の門が、 主の御功徳によって開かれ、 人々が迎え入れられ、 あらかじめ備えられた天国の席に、各々が座ることになる、と把握します。 主の謙遜、忍耐、柔和、その他の諸善徳によって、 主が罪人たちを招き、洗い清め、美しいものとし、 天国に迎え入れられることを知ります。 第3の御言葉 『婦人よ、ごらん。あなたの子を!』 これにより、自分たちを捕らえて放さない婦人が、 主なる神の御母であり、 天空に現れる、太陽に包まれる婦人であり、 いにしえの蛇である自分たちの頭を踏み砕く、 と預言されている女と同じ御方であることを見出します。 何でも知っていると思い込んでいる傲慢な悪魔は、 今までそれを把握し得なかったことに、憤慨し打ちのめされました。 悪魔は、まるで血に飢えた獅子のように猛り狂い、 聖母への憎しみを1000倍にまで増やしました。 そして、聖ヨハネが聖母の守護者に任命され、 その上、聖ヨハネの司祭としての権能と力が、 さらに司祭職にある者たちの権能と力が、 私たちの救い主に由来するものであることを認識し、 司祭たちが主によって守られ、悪魔である自分たちよりも強いことを認識し、 手出しすることができません。 第4の御言葉 『神よ、私の神よ、どうして私を見捨てられるのですか?』 この詩編からの引用の御言葉により、 主の人類への愛が、永遠のものであり、限りないものである、と把握します。 神が、人類の救いのために、 主にこれほどまでの苦しみの極みに至ることを許されたからです。 しかしながら主は、 人類の一部が救われないこと〜救いを拒むこと〜を予見し、悲しみます。 もし、その反抗的な人々が救われるならば、 主は、もっともっと苦しみたいのです。 ルチフェルたちは、 そのような主の愛、人間への愛のゆえに、嫉妬のあまり気が狂い、 神の愛に対して、自分があまりにも無力であると感じました。 |
私的啓示(◕‿◕✿)
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はーやっと読みました。主の御心はとても深く広いと思いました。
ここの音楽が好きで良く来てましたが、はじめて、読みました。
2008/3/22(土) 午後 9:37
十字架上でイエズス様がおっしゃった「7つの御言葉」が
悪魔にとって、こんなにダメージを与える言葉だったのですね
2014/7/11(金) 午後 10:46
今夜、またゆっくりと読むことができて良かったです
すごい内容ですね
ここを特にこころに留めます
司祭たちが主によって守られ、悪魔である自分たちよりも
強いことを認識し、手出しすることができません。
2018/9/12(水) 午前 0:28