『終わりが来た、終わりが来たのである』(エゼキエル7.2)
現世の幸福は、ダヴィドの言葉によれば、
「目覚めた人の夢のよう」なものである。
そぅ、確かに夢に過ぎないのである。
注釈家ルブランの言うように、
私たちは五官が眠っている間に、偉大な事物が現れるのを見たとしても、
これらはなんらの現実性ももたず、たちまち消え去るのである。
この世の財宝は、外見上とても美しい。
しかし、これらの財宝は何ものでもなく、儚いもので、
みな夢のように、いつの間にか過ぎ去り、消え失せるのである。
死は全ての終わりである。
この考えが、聖フランシスコ・ボルジアに、
その身を神に捧げ尽くしたのであった。
聖人は、皇后イザベラの遺骸を、グラナダに運ぶ使命を託された。
棺を開けてみると、死骸はとても醜く、
立ち会った者はみな逃げ去ってしまうほどの死臭を放っていた。
この時、聖フランシスコは神的光明に包まれて、
この光景を前に、この世の儚さを痛感し、死骸を見つめながら叫んだ。
「偉大な皇后よ、これがあなたなのですか?
これが、あれほど人の尊敬を強い、
多くの貴人を御前に跪かせたお方でしょうか?
あぁ、イザベラよ、あなたの威厳と美は、いったいどうなったのか」
次いで自分に向かって叫んだ。
「地上の栄誉と位は、このように終わりを告げるのだ。
自分はこれから後、死さえ奪いえない主に仕えたい」
その時から彼は、十字架にかかられたイエズスへの愛にすっかり献身し、
妻であった公爵夫人の死後は、修道生活に入る誓いを立て、
後日イエズス会に入って、この誓いを実行したのであった。
迷いから目覚めたある人は、骸骨の上に次のように記した。
『これを見れば、全ては軽んじるべきものとなるだろう』
確かに、死を考えながら、地上の事物を愛することはできない。
それにしても、不幸なことに、世間への愛着に捕らわれている人のなんと多いことか。
それは、死を直視しないからである。
『人の子らよ、いつまで心を頑なにするのか。
なぜ空しいものを好み、偽りものを追い求めるのか』(詩編4.3)
哀れなアダムの子らよ、なにゆえあなたたちの心から、
虚栄と虚偽とを唯一の目的とする地上的愛着を一掃しないのか。
あなたの先祖に起こったことは、あなたの上にも起こるに違いない。
あなたのものであるこの家も、彼らが住んだものであり、
この寝室も彼らの寝室であった。
彼らは今日、この世にいない。同様にあなたも、いつかは消え去る。
親愛なる兄弟よ、死があなたを訪れる前に、
すみやかに神に身を捧げよ。
今日できることを明日に延ばすな。
今日というこの日は、過ぎ去れば再び帰ることができない。
そして明日は、もしかしたらあなたに死をもたらすかもしれない。
死が訪れれば、もはやあなたは何もなしえない。
それゆえ、あなたを神から遠ざけている事物を、
またあなたが遠ざけることのできる事物を、すみやかに棄てよ。
あぁ、ただちに、いさぎよく、死から無理やり奪われる前に、
この世、財、名誉への執着を棄て去るがよい。
『主のうちに死ぬ人々は幸いである』(黙示録14.13)
そぅ、死が訪れる時、
地上の全ての事物への執着に死んでいる人々は幸いである。
このような人々は、
死を恐れる必要性も理由もない。
むしろ喜んで死を迎えるであろう。
これらの人々は、何ものにも執着していないから、
死が彼らの残酷な決別を要求するどころか、
彼らの一途に愛する至高の善である神に、
彼らを永遠の幸福に導き入れる御方に、
一致させる手段とさえなるからである。
あぁ、私が最も愛すべき贖い主よ、
あなたがこんにちまで私をお待ちになられたことを感謝いたします。
もし恩寵を喪失しているさなかに、私に死を送られていたなら、
私はどこにゆかなければならなかったでしょう。
このように長い間、待ち続けられたあなたのいつくしみの愛と神的忍耐は、
永遠に祝福されますように。
そしてまた今も、私に光明と恩寵をお与えくださるあなたのいつくしみも、
祝福されますように。
これまで私は、あなたを愛してきませんでしたし、
また、あなたから愛されたいとも願いませんでした。
でも今、私は心の底からあなたをお愛しいたします。
このように善良な神に背いてきたことほど、
私を悲しませるものはありません。
それでも、私の悲しみがどれほど大きくとも、
私にはそれが極めて甘美なものにさえ感じられます。
なぜなら、そのためにあなたはもぅ、私をお赦しになられた、
という考えに至るからです。
最も柔和な私の救い主よ、
どうして私は、あなたに背く前に、死を迎えなかったのでしょう。
再びあなたに背きはしないだろうかと考えてしまうと、
私は震えおののかずにはいられません。
あぁ、私があなたに背いてしまうくらいなら、その前に死をもたらしてください。
その死が、どれほど残酷なものであろうとも、
あなたの恩寵を失うくらいなら、なんでもありません。
恩寵を失う前に、私に死をもたらしてください。
あぁ、最も愛すべき神よ、
あまりにも長い間、悪魔の奴隷であった私が、
今や、あなたのしもべとしての幸いを得るに至りました。
あなたは仰せになりました。
『私は、私を愛する人を愛する』(格言8.17)
私はあなたをお愛しいたします。
それゆえ、私はあなたのもの、
あなたは私のものです。
しかし私は、再びあなたの恩寵を失う可能性もあるのです。
そのため、私が罪を犯してあなたを失うことが起こる前に、
憐れみによって、私に死をもたらしてください。
あなたはかつて、私が何も願わぬさきから、数々の恩寵をお与えになられたのですから、
今、私があなたに願い求める恩寵を拒まれる、ということは考えられません。
私が決してあなたを再び失うことがないようにしてください。
あなたの愛を注いでください。
これこそ私の願いの全てです。
あぁ、私の希望であるマリアよ、
私のために取り次いでください。
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