「その日は用意日だったので、 安息日に体を十字架上の残しておかないように、 ユダヤ人たちは、ピラトに、 彼らの脛(すね)を折って、取り除くようにと願ったので、 兵隊たちが来て、まず1人、 そして、共に十字架につけられたもう1人の脛を折った。 しかしイエズスのところに来ると、 もう死んでおられたので、その脛を折らなかった。 その時、1人の兵士が、槍で御脇を突いたので、 すぐ、血と水が流れ出た」(ヨハネ19.31-34) 。。。十字架刑は窒息死させるもので、受刑者は呼吸が続くように、 足で踏ん張り、上半身を起こす必要がありました。 兵士が脛を折るのは、足で踏ん張ることができないようにするためであり、 それによって、窒息死が早まることになります。 私はすでに息絶えていた。 体は傷だらけであった。 しかし、もっと大切な、意味深い傷。。 心臓の傷が、まだ足りなかった。 私は、この傷をもうけることに承諾していた。 私が、胸を槍で刺されるのを許したのは、 私の聖心が、人類に向けて、 いつも開かれていることを示すためであった。 私の聖心は、 私の救いの豊かな愛の波を流すために、 私を広げるために、私を人々に与えながら、 彼らの心を、私の聖心のうちに受け入れるために、 いつも開かれている。 だが、血を流す、この私の聖心の望みに、 全ての人が応えただろうか? 不幸にしてそうではない。 私は、マルガリタ・マリア・アラコクに、私の悩みを示し、 彼女に私の聖心を見せながら叫んだ。 「娘よ、これは、人間をこの上なく愛したのに、 人間から、かくも少なく愛されている聖心である! 私は愛をさがす!私は償いをさがす!」 初金曜日に、償いの聖体拝領をするよう求めたのは、私である。 多くの人々が霊的な眠りから目を覚まして、私のもとにやってきた。 しかし、私は、私の聖心の崇敬者だけでなく、 私の聖心の使徒たちを探し求めている。 この聖心の信心を広める人の名は、 私の聖心に刻まれて、 決して消されることはない。 司祭よ、 あなたの名が、消されることのない文字となって、 私の聖心に書き刻まれていると思うのか? なぜ、この信心業をすすんで実行しようとせず、 また他人にもそれを教えようと、 熱心に働かないのか? 私のために全力を尽くす人々のために、 私もまた、全力を尽くす。 このことを、思い起こすがよい。つづく。。 |
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十字架刑が窒息死させる刑だったとは。。。今、知りました
晒しものになって、餓死するまで苦痛を受け続けるものとばかり
思っていました・・・勉強不足ですね(汗)
全力を尽くす・・・胸に響きます。
頑張らなきゃ!! Wポチっ☆
2008/8/20(水) 午前 0:25
私も十字架刑が窒息させる刑だったと初めて知りました。。。
しかも腰を折るだなんて。。。
読みながら涙がでてきました;;
ぽち。
2008/8/20(水) 午前 9:57
あまりにも酷くて・・・直視出来ません
おおよそ人ができる諸行とは思えない
恐ろしいす
ポチ
2008/8/20(水) 午後 8:21
私はいつもイエス様の手と足に打ちつけられた釘を見ると
胸が痛くなります(T−T)
お祈りポチポチ・・・。
2008/8/20(水) 午後 8:43 [ ももこ ]
イエズス様の最期を思うと、、今更ながらに涙があふれます
ポチ
2008/8/20(水) 午後 10:01
昔の懲罰というのは日本も西洋も惨いものですね。。。
その姿が今でもあらゆる人への戒めとなっているのかもしれませんね。
2008/8/20(水) 午後 11:39 [ har*ur*u7*25 ]
とっても心が締め付けられるお話でした。
お祈りダブルポチです(>人<)
2008/8/21(木) 午前 0:06
酷いですっ・・・。
凸♪
2008/8/22(金) 午後 10:40 [ - ]