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前回の続き。。
私たちが、本性から神でないこと、
また、生まれながらの神でないことは、
神の本性そのものから分け与えられた恵みが、
私たちの本体的な本性ではない、ということである。
私たちの本体的本性、
すなわち私たちを本性的に構成しているものは、
人間本性である。
人間の本体は、
人間的本性から成っていて、
恵みから成り立っているものではない。
とすれば恵みは、
人間の本体を主体とする特質または特性というべきで、
人間の本体に付着し、根ざし、付属して、
それによって人間が、
神の本性そのものにあずかることのできる特質または特性である。
恵みの実体は、
こういうものであってこそ、
理解できない神秘である、とはいえ、
矛盾も撞着もないのである。
神が、私達に恵みを与える、ということは、
私たちの実在の創造主が、
私たちの自然的実在に接ぎ木して、
ある特質または特性を、
私たちの中に実現する、ということであって、
この超自然的存在において、またそれによって、
神の本性そのものまでも与える、
というところまで私たちの存在を変えてしまうのである。
このように定義される恵みは、
多少専門的な用語では、
「常住の恵み(Gratia habitualis)」と呼ばれている。
それは、ピオ11世が回勅「Casti connubii」の中で言うように、
「超自然的生命の恒久的な、持続される原理」だからである。
さらに明確に言えば、
それは、私たちが、
私たちの中に持っている特質または特性であって、
神が、私たちの中にお宿りになるために、
設けられ、実現されたものであり、
その成果は、私たちの超自然的生命、
すなわち、こうして私たちのものとなった、
神の生命そのものである。
なお、常住的habitualisという語は、
「持つ」または「所有する」というラテン語の動詞から出たもので、
「常住的」である、ということは、はっきり言えば、
人が、自由になるものを、
自分で「持つ」または「所有する」という意味である。
つづく。。
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超自然的生命・・・超自然的生命の恒久的な持続される原理・・・
難しいですぅ^^
傑作ポチを〜
2008/11/1(土) 午後 9:08
常住の恵み・・・深い・・・深いです〜
神よ、私のちっぽけな頭に理解させて下さい・・・
ポチ☆
2008/11/1(土) 午後 10:06 [ - ]
<人が、自由になるものを、
<自分で「持つ」または「所有する」という意味である。
なんだかよく分かりませんが、このお言葉、希望に満ちている感
があり^^、これは、恩寵によらなければ、自分では持てない
・・・・
神様ありがとう^^
2008/11/1(土) 午後 10:13 [ - ]