Nihil enim est opertum, quod non revelabitur, et occultum, quod non scietur. (Mt 10, 26) 覆われているもので、明るみにされないものはなく、 隠されているもので、知られないものはない。(マテオ10,26)
1025番目の反使徒。。 この人物は、 1917年頃、ロシア人の両親から生まれ、 彼が路頭に迷っている3歳の時、 ポーランドの医師と、その妻の養子とされました。 敬虔なカトリック信者であった夫妻は、 子に恵まれず、彼を自分たちの子として愛情を注ぎました。 また、彼も、自分が夫妻の子であると考えていました。 しかし、彼が14歳の時、 自分が実の子でないことを知り、衝撃を受け、 彼の産みの親に対する激しい憎悪にかられ、 家を飛び出し、友人のもとに行きました。 このことは、彼の人生を大きく変えてゆきました。 神への憎悪は、無神論を広める団体に、 彼の心を開かせました。 その友人は、 彼にロシアの秘密警察の高官を紹介し、 彼は6年にわたる訓練を経て、秘密諜報員となりました。 彼は、彼に指示されたミッションに向けて動き始めました。 Marie Caree
このしばらくの期間、「漆黒の髪」は、 私をアトリエに招かなかった。 ある日、大学の回り廊下で、 私のものだと思い込んでいた彼女と出くわし、怒りをぶちまけた。 彼女は、古美術の講義を受けることに決まったのだ。 彼女は、私の新しいカテキズムの計画について、 答えを考えているところなので、 いずれそのことで静かに議論しましょう、と言った。 議論だって? 私は、自分の考えを邪魔立てする議論には出会った試しがない。 しかし、是非彼女に会いたいので、 喜んで議論に応じようと答えた。 しかし、心の中では、 女は愛する男の意見に、 全面的に従うべきことを分からせてやる、 と考えていた。 私は、新しいカテキズムの完成のために、 聖体の秘蹟の箇所に取り組んでいるところだ、とだけ言った。 すると彼女は、溜息をついた。 その目から涙が溢れ、 何も答えずに去ってしまった。 私は、このようなスリリングな著作の最初に、 聖体の真の定義を書きたいと思った。 「聖体とは何か」という問いに答えれば、 どのカトリックもこう答えるに違いない。 「パンとぶどう酒の外観もとで、 イエズス・キリストの御体と御血と霊魂と神性を、 真実に、実体的に、実際にに含む秘蹟」 たったこれだけだ!!! この問題を解決するには、真剣な取り組みが必要だ。 別に、太刀打ちできない信仰だからではない。 慎重を期して、正面攻撃を避ける、ということだ。 この、いわゆる「パンとぶどう酒の外観におけるキリストの現存」は、 間接的に叩いてゆく必要がある。 真っ向から攻撃すれば、カトリックは反撃してくる。 迫害は常に、信仰を強化する結果になるので、 これほど危険なことはない。 そこで、「現存」の語には触れずに、 この信仰を壊すものや弱めるもの全てを明るみに出す。 「ミサ」という語を修正することが、 どうしても必要になる。 語そのものを廃止し、 「主の晩餐」とか「聖餐」に変えるのがよい。 ミサを「刷新」することによって、 彼らのいうところの「奉献」の重要性は低められ、 聖体拝領は取るに足りないものになるに違いない。 これは長期的計画だ。 いかなる部分もおろそかにしてはならない。 そこで、まず注目すべきは、 犠牲を捧げる時に、 司祭が信徒の群れに背を向け、 見えない神に向かって、 目前の巨大な十字架に象徴される神に、 直接話しかけているように見せる光景だ。 司祭は神によって選ばれ、 同時に、神を仰ぐ人々の代表者でもあるわけだ。 この時、彼は権力も印象付けるが、 それと同時に、孤独も印象付ける。 自分が大きく孤立し、 ほとんど見捨て去られていると考えさせ、 人々に近づいたほうが、 ずっと幸せになれると感じさせたほうがいい。 この考えがうまく成功すれば、 高祭壇を廃棄処分にして、 丸裸の小卓に差し替える可能性を提起することになる。 司祭はこの小卓を挟んで、会衆に向き合う形になるだろう。 聖体に関係する部分、 この机を必要とする典礼の一部は、 可能な限り短くなり、 神の言葉の教えに関する部分が、 かなり増やされるだろう。つづく。。 http://media.imeem.com/m/h3lfF3byQU/ |
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ベネさん、こんばんは(*'‐'*)
今日も拝読させていただいております(*'‐'*)
寒いので、お体ご自愛くださいね(*'‐'*)
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2008/12/16(火) 午後 7:50 [ - ]