| 心の痛悔は、神への信頼と愛を減じることなく、これを深める |
人は、「痛悔」という言葉を聞く時、
しかめっ面をした苦業者を連想しがちです。
しかし事実は、
これとは正反対です。
痛悔者のココロは、
いつも、喜びと希望、愛と感激に波打っています。
聖アウグスティヌスが、そぅでした。
聖ベネディクトゥスが、そぅでした。
聖ベルナルドゥス、聖女ジェルトゥルーディス、
大聖テレジアらが、そぅでした。
彼らはいずれも、
痛々しいほどの痛悔の情に浸っていましたが、
同時に、神への愛の炎は、胸中に燃え盛り、
ココロの奥底からの喜びは、
彼らを有頂天にさえしていたのです。
それは、彼らが、
神との一致の驚くべき段階に到達していたからです。
愛と喜びは、
罪を嘆き悲しんでいる者にとって、
決して霊的飛躍への障害とはなりません。
むしろ、それは一層の高きに向かって飛翔するための、
最も堅固な足場となり、踏み台となるものです。
そしてこれこそ、
ココロの痛悔から生じる、
最も貴重な成果でもあるのです。
それは何の不思議もありません。
では、いったい、ココロの痛悔は、
どこから生まれてくるのでしょう。
それは、
限りない善である御方に、
限りなく愛すべき御方である神に、
背いてしまった、という事実の思い出から生まれます。
この思い出こそ、
最も純粋な愛のあらわれの1つである、
完全な痛悔へと、当人を導くのです。
一層熱烈な愛の生活によって、
過去を償わなければならない、との想いで、
神への絶え間ない、大いなる奉仕と愛に向けて、
彼を促すのです。
自分に信用をおかず、
神のご命令に立派に聞き従い、
聖霊の勧めに、この上なく忠実に、
ココロの耳を傾けさせるのです。
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Nice to meet you.
Thank you for the footprint.
The blog by Mr.BENE is very healed.
See you.
久しぶりに英語を使ったので変になってるかもしれません><
日本語と英語って全然ちがうんですよね;
私はハーフで、前までロンドンに住んでいました。。。
Japanese was very difficult.↓
でも日本は大好きです♬
みんな優しいし、とても良い国です♥
また遊びに来ます、、、
2009/3/2(月) 午前 9:19 [ (。`・ω・p雅q ]