霊魂が、忍耐強く戦い抜く誘惑は、
霊魂自身のためには功徳のもととなり、
神のためには栄光の賛美となります。
試練のさなかで毅然としている態度は、
恩寵に生きているサインです。
「私の恩寵は、あなたに充分である。
というのも、私の力は、
弱さのうちに完全に現れるからである」(2コリント12.9)
ヨブの物語を思い起こしてください。。
「ある日、神の子らが来て、主の前に立ちました。
サタンも来て、その中にいました。
主は言われました。
『お前はどこから来たのか』
サタンは主に答えました。
『地を行きめぐり、あちらこちらから歩いてきました』
主はサタンに言われました。
『お前は、私のしもべヨブのような、
全く、正しく、神を畏れ敬い、
悪から遠ざかる者が、
この世にほかといないことに気づいたか』
サタンは主に答えて言いました。
『ヨブは何もなしに神を畏れるでしょうか?
あなたは彼と、その家、全ての所有物の周りに、
くまなく垣根を設けられたではありませんか。
あなたは彼の勤労を祝福されたので、
その家畜は地に増えたのです。
しかし、今、あなたの手を伸ばして、
彼の全ての所有物を撃ってみてください。
彼は必ずや、面と向かって、あなたを呪うでしょう』」(ヨブ1.6〜11)
そこで神は、
ヨブの所有物も、その子らも、
彼自身も、全てこれをサタンの手に渡します。
こうしてヨブは、一切を剥ぎ取られ、自身も丸裸になり、
その上、足の裏から頭のてっぺんまで、ライを病みます。
土の上に座っていると、
妻と友人たちが、代わる代わるやってきては、
神を汚すようにと、彼をいざないます。
しかしヨブは、泰然として、神への忠実をまげません。
不平不満の言葉も、彼の唇から漏れません。
「この時ヨブは起き上がり、上着を脱ぎ、
頭をそり、地にひれ伏して、神を礼拝し、言いました。
『私は裸で母の胎を出てきた。
また裸であの世に帰ろう。
主は与え、また主は取られる。
主の御名はほめたたえられますように』
全てこの事においてヨブは罪を犯さず、
また、神に向かって、愚かなことを言いませんでした」(ヨブ1.20〜22)
なんという英雄的信仰なのでしょう。
この瞬間、ヨブは、
どれほどの栄光を、神に与えたことでしょう。
だからこそ、
全ての試練が終わった時、
神は、彼に、以前に倍する富を、返し与えられたのです。
誘惑が、
ヨブの忠実を、
最高潮に到達させたのです。
誘惑はまた、霊魂のうちに、
かけがえのない仕事をしてくれます。
世の中には、
正直ではあるが、尊大な霊魂がいます。
彼らは、神との一致に到達するためには、
どうしても打ちのめされなければなりません。
自分に信用を置かないようになるためには、
ぜひとも自分の弱さを徹底的に悟り、
いわば体験的に、
自分が神に絶対的に依存するゆえんを
自覚しなければなりません。
ただ、誘惑だけが、
この人々に、自分の無能さを痛感させます。
彼らは試練によって打ちのめされると、
みずからへりくだる必要性を感じます。
自分の惨めさの深淵を究め尽くしたからです。
この瞬間、
大いなる憐れみを求める叫びが、
胸の奥底からほとばしり出ます。
神の恩寵が、
適所を見出したのです。
誘惑は彼らに、
自分の弱さを自覚させ、
神への絶対従属の精神を身につけさせます。
誘惑は、霊魂にとって、
謙遜になるための、
最もすぐれた道場なのです。
誘惑は、ある霊魂にとって、
冷淡の予防に役立ちます。
それがなければ、
おそらく彼らは霊的に、のらくら者なのでしょう。
誘惑こそ、
この人々にとっては、
最良の覚醒剤であり、
また、戦いによって、
愛を盛んに燃え立たせ、
神に忠実さをあらわす機会を提供するのです。
http://media.imeem.com/m/_Xm6ta42f0/
|
♪こんばんわベネさまお祈りにきました♪
神さまは外面的に見える全てのものよりも心の平安を望んでいられる
のではないでしょうか?
心まで悪魔にとられない様に日々*回りの人達と。
本当の”幸福”を願いながら神に今日も1日送れたことに感謝。
2009/3/11(水) 午後 5:44 [ ショコラ ]
このように弱い自分を憐れんでくださる神はなんと慈悲深いのでしょう。もっと自分の弱さを自覚し、神の御前にへり下りたいです。
2009/3/11(水) 午後 10:44