恩寵と信仰者(◕‿◕✿)

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前回からの続き。。
(前の文から読んでいかないとわかりづらいと思います)

 成聖の恵み

ルーテル、カルヴィンらは、
私たちを実際に聖なるものとする神から与えられた特質が、
私たちの内部に存在をもつ、ということを否定する。

彼らは、恵みを、
まるで、遺言する人が指名した遺産継承者のような、
何かを与えるための『法的称号』としたり、
また、規則や掟の遵守などのように、外面的な『業』として考える。

トレント公会議は、
「人々は、キリストの義証(imptatio)だけによって、または、聖霊によって、
 人々の霊魂に注がれ固有のものとなっている恵みや、愛徳がなくても、
 罪の赦しだけで義とされる」という彼らの断定を、異端だと決議した。


続けて公会議は、次のように宣言した。

「成義(人を義とすること)は、ただ単に、罪の赦しだけではなく、
 すすんで神の恵みと賜物とを受ける者の、聖化と内面的一新であり、
 このようにして、不義の人や悪人は、義人となり、
 永遠の生命への希望のうちに、世継ぎとなるために、
 憎しみから、神の友愛へと移っていくのである」
 
 ここに成義の原因がある。

 成義の最終因(その目的)は、
 神とキリストの栄光であり、
 私たちにとっては、永遠の生命である。

 その能動因は、
 約束された聖霊をもって、〜私たちは聖霊を通じて永遠の生命を受け継ぐ〜
 私たちを貫き、無償で清め、聖化する、神の慈悲である。

 その功徳因は、
 御父の至愛の御独り子、
 私たちの主、イエズス・キリストである。

 主は、
 私たちが、神の憎しみの中にいたのに、
 義を得させ、神の友愛を得させ、
 私たちを愛するその大いなる愛のために、
 十字架上の至聖なるご受難によって、
 御父の御前に、私たちの罪の贖いをなさったのである。

 道具因(Causa instrumentalis)は、
 洗礼の秘蹟であり、
 これは信仰の秘蹟であって、
 これを欠いては、誰も義とされることはできない。

 最後に、
 成義の唯一の形相因は、
 神の義である。

 しかし、これは、神ご自身が義者であるからではなく、
 神が私たちを義とする場合においてのことである。

 こうして、神から、この義を受けた私たちは、
 霊の内面で一新され、
 したがって私たちは、義人として扱われるばかりでなく、
 ほんとうに義人と呼ばれるにふさわしいものとされ、
 実際に、義人となるのである」(Denzinger-schonmetzer 1528)


つづく。。





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