悔い改め

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ココロの痛悔について

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福者コルンバ・マルミオン修道院長

どのように誘惑に抵抗すべきか

望徳に反する誘惑を受けた時は、
十字架にかかっておられるイエズスを仰ぎ見ましょう。
彼は全世界の罪の贖いであられます。

彼こそは、
私たちのために天にお入りになって、
私たちのために絶え間なく御父に執り成しておられる、
慈悲深い大祭司です。

「私のところに来る者を、
 私は決して見捨てない」と仰せられます。


神の愛について、疑惑の念が、
ココロに暗い影を投じる時には、
天の御父の愛、キリストの愛を思い起こすことです。

御父は、実に、
その御独り子をお与えになるほど、私たちを愛され、
御子は、
私を愛して、私のために、その生命をお捨てになりました。


傲慢の念を、悪魔が吹き込む時には、
同じくイエズス・キリストを仰ぎ見ましょう。

彼は神の姿であられる御方なのに、
ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、
人間と同じようになられ、ご自分をいやしくし、
死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで、従われました。


冷たい自愛心が、
他人から受けた不義に対して報復を叫ぶ時には、
ご受難のキリストを回想しましょう。

「私は、私を打つ者に、自分の背をまかせ、私の頬をまかせ、
 恥と唾を避けるために顔を隠したりしませんでした」(イザヤ50)


悪魔の共謀者である世間が、
私たちの眼前に、つかの間の栄華や歓楽のパノラマを展開する時、
ただちにキリストのそばに走り行き、申し上げましょう。

「主イエズスよ、
 あなたのためにこそ、私は全てを棄てます。
 いっそう近くからあなたに従えますように。
 どぅか、ただの1度でも、あなたから離れ去ることを、
 お許しにならないでください」


このように、キリストのことを念頭に浮かべれば、
打ち勝ちえない誘惑というものは1つもありません。

たとえ誘惑が、どんなに長く続いたとしても、
また、それに伴い、ココロの寂漠と精神の暗闇が
どんなにしつこく霊魂に襲いかかっても、
決して落胆してはいけません。

私たちの霊魂を、ご自分の恩寵でいっぱいにするために、
それを清めておいでになるのは
神ご自身だからです。


http://media.imeem.com/m/_Xm6ta42f0/


閉じる コメント(1)

>冷たい自愛心が、
>他人から受けた不義に対して報復を叫ぶ時には、
>ご受難のキリストを回想しましょう。
そうしたいと思います・・・

2009/3/15(日) 午後 2:03 [ じゃっき〜 ]


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