イエズスは仰せられます。
「私は、まことのぶどうの木であり、
私の父は、農夫である。
私の枝で、実を結ぶものはみな、
もっと多くの実を結ぶために、
父が刈り込んでくださる」(ヨハネ15,1&2)
天の御父が刈り込みをなさる時、
つまり、試練や誘惑の時は、
私たちも使徒たちのように、イエズスに救いを求めましょう。
「主よ、助けてください。
私たちは滅びそうです」(マテオ8.25)
もし、誘惑に遭う度ごとに、
ただちに、このようにしてイエズスの御許に駆け寄っていくなら、
もし、私たちの霊魂が、いつも痛悔の念にひたっているなら、
悪魔は、私たちに対して、何の力もないでしょう。
誘惑は、ただ、私たちの忠実さを練り鍛え、
愛を熱烈なものとし、
このようにして、御父のお望みにかなう者とならせるばかりです。
| 心の痛悔を獲得する方法〜祈ること、キリストのご受難を黙想すること〜 |
それでは、痛悔の精神を、
どこから汲み取るべきでしょうか?
まず、切実な祈りによって、
それを神にお願いすることです。
この「涙の賜物」は、至って貴重なもので、
それは、全ての良い贈り物、全ての完全な賜物の与え主、
光の御父から来るのです。
ミサ典礼書には、
「涙の賜物を求めるため」の祈りが掲載されています。
いにしえの修道者は、
しばしば、この祈りを唱えたものです。
「全能にしてもっとも柔和な神よ、
あなたは、渇いた民のために、
岩から生ける泉を湧き出させてくださいました。
私たちが自分の犯した罪を嘆き、
あなたの赦しと憐れみをいただくことができますよう、
私たちの頑ななココロから、
痛悔の涙を引き出し、溢れさせてくださいますように。
私たちの主キリストによって。アーメン。」
聖書には、
ダヴィド王の美しい痛悔の詩編が掲載されています。
姦通、殺人の2重の大罪を犯したダヴィド王は、
預言者ナタンのいさめによって、
胸を打ちながら、「私は罪を犯しました」と言って、
神におわびするのでした。
彼のココロからの痛悔は、
神の赦しを呼びくだし、
みずから痛悔としんらいに満ちた、聖なる詩を作るのでした。
「私を憐れんでください、神よ、あなたの憐れみによって。
あなたの豊かな憐れみによって、私の不義を消してください。
幾度も、私の不義を洗い、私を犯した罪から清めてください。
私の不義を、私は認めます。
私の罪は、いつも私の前にあります。
あなたに、そぅ、ただあなたに罪を犯し、御前で悪を行ないました
あなたが宣告される時には正義が、あなたが裁かれる時には公平が見出されます。
ごらんください、実に私は不義のうちに生まれ、私の母は罪のうちに私を宿しました。
ごらんください、実にあなたは心の真実を愛され、隠れた智恵を私に示される。
ヒソプをもって私に注ぎかけてください、そうすれば清められるでしょう。
私を洗ってください。そうすれば雪よりも白くなるでしょう。」
痛悔の心情が、
行間ににじみ出ています。
次に信頼の情を、神に披瀝します。
「私に喜びと楽しみを聞かせてください。
そうすれば砕かれた骨も、喜び踊るでしょう。
あなたの御前から、私の罪を取り除き、
私の全ての不義を消してください。
私のうちに清いココロをお造りください、神よ、
私のからだの深みに、堅固な霊を新たにしてください。
あなたの御前から私を遠ざけないでください。
私からあなたの聖なる霊を取り去らないでください。
あなたの救いの喜びを私に戻し、
最も快活な霊で、私を堅固にしてください。
私はあなたの道を悪人たちに教えましょう。
そうすれば罪人も、あなたに立ち帰るでしょう。
私を流血から解放してください、神よ、私の救いの神よ、
私の舌に、あなたの正義を喜びたたえさせてください。
主よ、私の唇を開いてください。
そうすれば、私の口も、あなたの賛美を告げるでしょう。
実にあなたはいけにえを喜ばれません。
燔祭を捧げたとしても、あなたは満たされません。
神のいけにえ、それは打ち砕かれた霊、
痛悔し、へりくだるココロを、神よ、あなたは軽んじられません。」
このような哀切を極めたココロの調べは、
神の聖心を揺り動かさずにはおきません。
「神よ、あなたは私の涙を、御目の前におかれました」(詩編55.9)
イエズスは、
「泣く者は、幸いである」(マテオ5.4)と仰せになりました。
「そぅです。
実に、罪のために泣く人は、幸いなのです。
世の中に泣く人は多いですが、
神から慰めていただける者は、
ただ、自分の罪のために泣く人だけなのです。
1つの不幸を泣くことは、
それに、他の不幸を加えることに等しくなります。
泣いてなくなる不幸、
それは、罪に他なりません。
罪の赦しは、
清らかな懺悔の、涙の結晶なのです」(ボスエ『福音書の黙想』)
|
ベネ様
お早うございます
受難のこの時期
「心の痛悔」は信者にとって最も大切な事・・
悔い改め、祈り、感謝の気持ちをいつも忘れず
神様から離れず、ひたすら愛し続ける事が出来ますように
2009/4/10(金) 午前 9:56