1 神さまにはいくつのペルソナがありますか? 神さまには父と子と聖霊の3つのペルソナがあります。 そして父も子も聖霊も、みな同じ神さまです。 2 では神さまは3つあるのですか? いいえ、ペルソナは3つあっても、神さまはおひとりだけです。 このことを三位一体といいます。 私たちの礼拝する神さまは、三位一体の神さまです。 聖霊降臨祭のつぎの日曜日には三位一体の祭日を祝います。 3 三位一体の神さまは、私たち人間にどんなお恵みをくださいますか? 私たちのいただいているお恵みは、みな三位一体の神さまがくださったものです。 まず、おん父は私たちを造り出してくださり、 おん子は私たちを罪から救い出してくださり、 聖霊は私たちを、聖なるものに、神さまのものにしてくださいました。 4 十字架のしるしをしながら、「父と子と聖霊とのみ名によりて。アーメン」ととなえるのは、 三位一体の神さまを尊敬することです。 そのほか、「父と子と聖霊とは賛美されますように」とか 「父と子と聖霊よ。お助けください」という短い祈りもあります。 5 栄唱は特に三位一体の神さまを賛美する祈りです。 「栄光は、父と子と聖霊に。初めのように、今も、いつも、世々に至るまで。アーメン。」 6 使徒信経には、三位一体の神さまに対する信仰を、つぎのようにとなえます。 「私は天地の創造主、全能の父である神を信じます。。。 またそのおんひとり子、私たちの主イエズス・キリストを信じます。。。 私は聖霊を信じます。。。」
神さまにつかえることは、人間として第一の、いちばんたいせつなつとめです。 1 私たちのからだも霊魂も、みな自分で造ったのではなく、 神さまのみ手で造られたものです。 ですから私たちは、全く神さまのものです。 2 神さまは、ご自分に似せて人間を造ってくださいました。 そしてすべての人間が天国に入って、みもとに帰ることをお望みになります。 それで私たちも、神さまのお望みに従って御旨のとおりにしなければなりません。 神さまは、まず、私たちが神の十戒と教会のおきてを守り、 自分のつとめを果たすことをお望みになります。 神さまのお望みどおり行う人が、本当のよい人であり、その行ないは善業です。 善業をすればこの世でもお恵みをいただき、死んだのちは、天国へ入ることができます。 「人が義とされるのは、信仰だけによるのではなく、 行ないにもよることは、あなたたちも知っているとおりです。 霊魂のない肉体が、死んでいるように、 善業のない信仰も、死んでいるのです」(ヤコボ2.24&26) 3 自分のわがままに従って、神さまのみむねに従おうとしなければ、罪になります。 罪には大罪と小罪があります。 大罪は霊魂の死であり、大罪を犯した人は神さまから捨てられて地獄に行きます。 小罪を犯した人は、地獄には落とされませんが、 死んでから煉獄で苦しんで償いを果たさなければなりません。 また、この世でもさまざまな不幸不安に陥ることがあります。 小罪を重ねれば大罪におちいりやすくなります。 神さまに仕えるのは、決して難しいことではありません。 それは、私たちは洗礼を受けたときに、 神さまの命をいただいて神さまの子供となっており、 私たちが天国に入るのに必要なお恵みは、願えば必ずくださるからです。 そのためには、私たちはまず、天国に入りたいというよい望みを起こし、 神さまに熱心に祈ってお願いし、おミサにあずかり、お説教をよく聞き、 それを実行し、たびたび秘跡をいただくように心がけることが大事です。 そうすれば神さまは、必ず、必要なお恵みをくださいます。 私たちは祈らなければ、 決して天国へは入れません。 祈りは神さまとのお話です。 お祈りの時は心を散らさず、礼儀正しく、謙遜に、忍耐をもって、 願えば必ず与えられると信頼して祈らなければなりません。 おミサの説教は、神さまのみことばを話してくださるもので、 宗教の道と、よい生活をして罪をさけることをすすめられます。 告解の秘跡を受ければ、イエズスさまが 神父さまを通じて、罪を赦してくださいます。 御聖体を拝領すれば、イエズスさまが私たちのうちに住んでくださって、 悪いことを避け、善いことをする力を与えてくださいます。 堅信の秘跡を受ければ、聖霊とその7つの賜ものをいただいて、 どんな時にも信仰を守りとおす勇気と力とを与えられます。 また、死が近づいた時に終油(塗油)の秘跡をいただけば、 それまでに犯した罪を赦され、天国への旅に慰めと力を与えられるばかりでなく、 時には苦しみが和らげられたり、または全く病気が癒されることもあります。 神さまは人間の善に報い、悪を罰せられます。 5 人間が死ねば、霊魂はからだから離れます。 からだから離れた霊魂は、 すぐに、自分が一生涯どのようにして暮らしてきたかについて、 神さまの審判を受けます。 これは『私審判』といいます。 そして私審判の結果、天国か煉獄か、または地獄に行きます。 やがて世の終わりには、イエズスさまがふたたびこの世においでになって、 すべての人間を、死んだ人も生きている人も、みなみまえに呼んで審判をなさいます。 これを『公審判』といいます。 公審判の結果、悪人は非常に見苦しいからだになって終わりなく地獄で苦しみ、 善人はご復活のイエズスさまのようなりっぱなからだになって、 いつまでも天国で、想像もできないほどの幸福と喜びをいただきます。 6 私たちはいつも祈りましょう。 「イエズスさま、何ごともみな、おぼしめしのままに」と。 イエズス・キリストは賛美されますように、世々にいたるまで。アーメン。 |
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子供たちのための解説
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イエズス・キリストは賛美されますように、世々にいたるまで。アーメン。マルタ。ポッチ
2009/4/24(金) 午前 0:36 [ - ]
「人が義とされるのは、信仰だけによるのではなく、
行ないにもよること・・・」
心と共に行動も,ですね^^
ポチッと!
2009/4/24(金) 午前 0:57
勉強になります。ポチ!
2009/4/24(金) 午前 1:58 [ - ]
いつものように お祈りは大事ですね。
「父と子と聖霊とのみ名によりて。アーメン」最後に言いますよね。
今回もいろいろわかりました。
感謝のぽち!
2009/4/24(金) 午後 8:09 [ puffy0722 ]
ベネ先生・・
「子供達のための解説」でしたが、とてもお勉強になりました。
頭では解っていても、自分の言葉で伝える事はなかなか難しいものです・・
ベネ先生に感謝します。
キリストの教えを忠実に守り、信仰を述べ伝えることによって
神様が賛美されますように・・ ☆
色々、教えて下さったベネ先生にもお恵みが豊かにありますように・・
2009/10/18(日) 午後 10:56