スペインの聖ヤコブのねむる聖堂は立派な建物ですが、 これも偶像ではないのですか? 偶像でも何でもありません。 『祈りの家』のようなものです。 前にも書きましたが。。 偶像礼拝(崇拝)とは、 神でないものを神とすることです。 それは、人間が、ある被造物を、 たとえば悪霊(悪魔崇拝)、権力、快楽、金銭、動物などを、 神の代わりに尊敬したり、神の代わりに崇拝する際に生じるものです。 これが「偶像礼拝(崇拝)」の定義です。 ちなみに、 「たたえること=礼拝」ではありません。 偉人や知人のお墓参りをする人がいるからといって、 そのお墓や建物を指して、 「これは偶像だから!」と言って、墓石を打ち倒す人がいるでしょうか? 人々が集う『祈りの家』があるからといって、 その人々が集う『祈りの家』を指して、 「これは偶像だから!」と言って、家ごと撤去する人がいるでしょうか? 人々が、その偉人のゆかりの地を訪れて、関連施設に入場したからといって、 そのゆかりの地の関連施設を指して、 「これは偶像だから!」と言って取り壊す暴挙に出る人がいるでしょうか? 思い込みで打ち倒し、撤去し、取り壊す暴挙。。 思い込みで「これも偶像だ!あれも偶像だ!それも偶像だ!」と暴言を繰り返す。。 いたら、ある意味コワィですよね。 その人は警察に逮捕されると思います。 もしこれら(お墓・祈りの家・関連施設)が偶像であるなら、 あなたはお墓を立てられませんね。 あなたにゆかりのある施設も破壊しなければなりませんね。 もし、祈りを捧げる人々が参列して集う家や施設が「偶像」なら、 祭壇にあなたの写真が飾られた葬儀や葬式さえ、挙行できませんね。 祭壇に自分の写真を飾らないように遺言書をしたためなくてはならなくなりますね。 偶像の危険性があると認識しているのですから。 ちょっと厳しい表現ですが、 自分の身になって置き換えると、 偶像でないことがよくわかると思います。 ところで、カトリックの聖堂は全世界にありますが、 殉教者や聖人にゆかりのある地に建てられるケースが多いです。 たとえば、聖堂は、 聖母マリアや大天使聖ミカエルが出現した地や、 使徒たちや殉教者たちが殉教した地や、そのお墓の上や、 聖人や聖女が活躍した場所や、その聖なる遺体が安置されている場所にあります。 それらの聖堂はみな、巡礼地として、 各々が、聖人や聖女たちの足跡や模範に想いをよせ、 より一層神に近づけるように、あるいは回心のために、 その取次ぎを願い、あるいはいただいた恵みに感謝を示すために、 毎年多くの人々が訪れている、祝福された地です。 神が、ご自分への礼拝に役立つものとして、 また、ご自分に栄光を帰するために役立つものに関して、 旧約時代から、ある特別な像を造るよう、神のしもべたちにお命じになられたことは、 前にも書きましたので、その像がどのようなものであったかの詳細は省きます。 神は新約において、 ご自分を人間の感覚でも把握できるようになさいました。 それは、神の御言葉の受肉です。 神が、私たちの感覚においても把握されることを望まれたのです。 神の御子キリストの受肉は、 聖画像を用いて、永遠の世界を仰ぎ見るための新しい「道」を開いてくださいました。 聖画像を敬うものは誰でも、 それに表現されているものを敬うのです。 その対象となるのは、キリストのものだけでなく、 神の御母マリア、天使、全ての聖人も含まれています。 カトリックが聖画像に払う尊敬は、崇敬であって、 神にのみ捧げられる礼拝ではないのです。 「かつては、からだも顔もない神を、 画像によって表すことは、全くありえませんでした。 しかし、神が受肉されて、人間と共に生きられた今、 私は、神について、私が見たものの画像を造ることができるのです。 私たちは、その御顔の中に、 主の栄光を眺めることができるのです」(ダマスコの聖ヨハネ司祭教会博士) 「敬神徳による聖画像への崇敬は、 聖画像そのものに向けられるのではありません。 聖画像を通して、人となられた神に向けられるのです。 画像に過ぎない聖画像に対して示される態度は、 聖画像そのものに向けられるのではありません。 その聖画像のもととなっている御方に向けられるのです」(聖トマス・アクイナス司祭教会博士) 神はこれに、 さらに歩を進められます。 聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ司祭の聖遺体(1581-1660年) 聖画や聖像は、神への想いを、 私たちに、感覚を通じて飛翔させるために役立つものとして、 人間の手で、造られますが。。 神は、ご自分の力によって、 人間には成しえない方法をもって、 聖人や聖女たちのそのままの像を、特別な寵愛をもって保存されます。 http://www.imgville.co.cc/images/jdv1234879336y.jpg 聖ピオ・ピエトレルチーナ司祭の聖遺体(1887-1968年) 神は、ご自分に仕えたある人々のからだを、 その死後、腐敗させないまま、この世に保存しておられるのです。 http://goseitai-to-seibo-no-sito.web.infoseek.co.jp/IMG_01791.JPG 聖女カタリナ・ラブレ修道女の聖遺体(1806-1876年)〜不思議のメダイで有名〜 全能永遠の神は、 カトリック教会が、偶像崇拝に陥らないことを、よくご存知であり、 カトリック教会を信頼し、ご自分の聖なる御業を委ねておられるのです。 http://www.oremosjuntos.com/San_Carlos_de_Sezze_incorrupto1.jpg セッツェの聖カルロ修道士の聖遺体 (1613 -1670年) 神は、この腐敗しない遺体の奇跡をもって、 カトリック教会が聖人や聖女の像を作成することについて、 ご自身が認めておられることを、 すぐれた方法をもって、雄弁に語り、示しておられるのです。 |
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プロテスタントのありがちな誤解
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素晴らしいですね。
心で感じて、祈りを捧げたいと思います。
感謝。ポチ。
2009/5/9(土) 午後 11:16
知識のないことが多いのでよく読んで
勉強させて頂きます^^;
ポチ!
2009/5/10(日) 午前 0:19 [ - ]
聖遺体の美しさ驚きました。
今にも目を開けられ語られそう・・・
ここから伝わるメッセージがとても深く響き渡ってきます。
ポチ。
2009/5/10(日) 午前 10:12
うわぁ〜すごいですね!
聖堂も聖遺体も!
ポチッと!
2009/5/10(日) 午後 1:47
みなさん本当に安らかで
綺麗な美しい聖遺体。。。
まるで眠っているよう・・・
愛に満ち溢れた表情ですね☆
私もこのように
死ぬときに悔いのない
美しい生き方がしたいと思います。
2009/5/10(日) 午後 10:22 [ ドロシー ]
聖人のご遺体を見せていただき、感謝です。
美しくそして信仰を強めてくださいます。
ベネさんありがとうございました。
ぽち!
2009/5/11(月) 午前 2:04 [ - ]
以前に、カタリナ・ラブレと小テレジアは
巡礼で見させていた抱いたのですが、
男性方もたくさん残っているのですね
でもベルナデッタは飛びぬけて清らか
ぽち!
2009/5/13(水) 午前 6:18
今にも起き上がりそうな感じです。
聖遺体からは死が漂いません。本当に眠っておられるように見える。
アベマリアの歌詞にあるように、神の恵みに満ちた方はこんなにも安らかな表情をされているんですね 。
まさに神の奇跡です。
ところで友達登録が出来ないのですが…
2009/5/13(水) 午後 4:55 [ - ]
これから、進むべき道は、こうだ、と。信じます。感謝です。
2009/9/18(金) 午後 8:23 [ hotaru ]