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もし、あなたが、 使徒聖ヨハネと共に、イエズスの愛弟子でありたいなら、 「これはあなたの母である」との御言葉の重大性を理解しなければならない。 あなたは、イエズスの足跡に従って、この世の旅路を歩み、 聖母マリアを、あなたにとっての、 女王、仲介者、御母と認めねばならない。 2130
Ecce mater tua ! ごらん、あなたの母を!
聖母は、その汚れない御心をお示しになる時、 この御心が、名状しがたい悲しみで満たされていることを、 お隠しになることができません。 前述の箇所と、 今回述べることを読んで黙想してみてください。 ポルトガルの大彫刻家テディムは、 ファティマの聖母のご像を刻むために、 目撃者のルチアと対談しましたが、 以下は、その際のルチアの口述です。 「聖母のお胸の上の、少しくぼんだところに、 茨の棘で囲まれた御心がありました。 茨の棘は、御心を、ぐるぐる巻きに包み、 御心の上部で終わっていました。 この棘の先端は、御心の深奥部にまで達していました」 御心の深奥部にまで達していた茨の棘。。。 それはまさに、聖母の汚れない御心の、極度の苦しみを、 如実に表象するものではないでしょうか。 ファティマのこの表象こそは、 主が、ベルト・プチ嬢にお与えになられた啓示(1910年9月8日)の 裏づけとなるものでしょう。 「私の御母の御心は、『悲しみに満ちた御心』という称号に、当然値する。 私はこの称号が、『汚れない御心』という称号の前に置かれることを望む。 聖母は、ご自分で、この称号をかち得られた。 聖なる教会は、私の御母の身に、私自身がそうしたように、 無原罪の御宿りを認めた。 今は当然、私がそれを望むごとく、 私の御母が、正義上、ある称号をもつことのできる権利を、 聖なる教会は、理解し、認めなければならない。 その称号とはすなわち、 聖母が、私のあらゆる苦しみに、ご自分の苦しみ・悩み・犠牲を、 また、カルヴァリオの燔祭のいけにえに合わせて、 私のそれと全く1つのものとし、 私の恩寵に完全に呼応して、それらを受諾し、 全人類の救霊のために、 それを雄々しく耐え忍ばれた報いとして、 かち得られた称号なのである。 私の御母がとりわけ偉大なのは、 私と共に、世を贖った、この行為によるのである。 それゆえ私は、私がまず、それを口ずから唱えた。 聖母への信頼の祈願を、ちょうど人々が、私の聖心に向けて唱えるように。 私は、聖母の御心に対しても同じようにすることが、 全教会において是認され、普及されることを要求する。 聖母の悲しみに満ちた御心への、この信頼の祈願は、 すでに、人々によってなされている。 今後も引き続き、なされるであろう。 そのようにしているうちに、 聖なる教会は、聖母の悲しみに満ちた汚れない御心に奉献されることにより、 生気を取り戻して、全世界が再生の恩寵に浴することになるだろう」 聖なる教会は、この私的啓示の神的起源について、 まだ何も、宣言めいたことはしていません。 しかし、ここで注意を要することは、 聖母の悲しみに満ちた汚れない御心の信心が、 たとえベルト・プチ嬢の記述から、非常な刺激を受けて普及されたとはいえ、 この信心は、決して彼女に依存して、命脈を保っているのではない、ということです。 なぜなら、この信心は、 カトリックの伝統的神学に土台をすえているものであり、 聖なる教会によって、是認されているものだからです。 Ave Maria, gratia plena, Dominus tecum. Benedicta tu in mulieribus, et benedictus fructus ventris tui, Jesus. Sancta Maria, Mater Dei, ora pro nobis peccatoribus, nunc, et in hora mortis nostrae. Amen. アヴェ・マリア、 恵みに満ちたおとめ、 主はあなたと共におられます。 あなたは女の中で祝福され、 御胎内の実り、イエズスも祝福されています。 神の御母、聖マリア、 罪人である私たちのために、 今も死を迎える時も、お祈りください。 アーメン。 |
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Ecce Mater tua !
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すばらしい聖母マリアの「汚れ無き御心」のお話は胸の棘のところで胸の中に響きました。
「御心の深奥部にまで達していた茨の棘。。。
それはまさに、聖母の汚れない御心の、極度の苦しみを、
如実に表象するものではないでしょうか。」の言葉のように聖母の悲しみと愛を完成されたものとして知ることが出来ました。
「ごらん、あなたの 母を!」・・・この言葉のもつ意味の大きく広い事です。
聖母の愛に!ポチ凸♪
2010/1/14(木) 午前 0:36 [ - ]
悲しみに満ちた・・・
そうなんですね・・・ありがとうございます
この称号こそマリア様の共贖者としての使命を現わした
お言葉なんですね
エヴァによって失われたものが、従順と堅忍、謙遜など全き徳に
満たされたお方の悲しみによって取り戻され聖化され・・・
犠牲をお捧することから逃げずに、マリア様のお悲しみに
こころを合わせお祈りさせていただかなくては・・・ですね
”道行く人よ立ち止まってわたしの悲しみに
等しい悲しみがあるかを思い起こしてください”哀歌1.12
感謝のうちにぽち☆
2010/1/14(木) 午前 1:09 [ - ]
聖母マリア様の苦しみ、悲しみが茨の棘と
なって御心をぐるぐる巻き包み・・・
マリア様は世の中の辛酸を味わい尽くし、しかも
それをしっかりと心の中に納めていらした・・・と
今、読んでいる本に書かれています。
キリスト者とはマリア様の姿・・・
感動のポチ!村ポチ!
2010/1/14(木) 午前 2:16 [ - ]
ありがとうございます。ポチ!
ファティマに巡礼旅行で行ったことがありますが、それはそれはとてもきれいなマリアさまでした。
いい歌ですね。
アベマリア
2010/1/14(木) 午前 3:57 [ バランス ]
「アヴェ・マリア」にうっとりです♪
聖母マリアの悲しみに満ちた汚れない
御心の信心が全教会に広まることをお祈りします。
ぽち
2010/1/14(木) 午後 3:31 [ 千代 ]
不思議なメダイの裏面にある
「マリアのけがれなきみこころ」も
剣で貫かれていますね。
ぽち
2010/1/14(木) 午後 11:33 [ gabriela815 ]