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前述のとおり、 恩寵は、私たちに神の生命そのものを生きさせます。 神の生命。。 それは、神ご自身の完全な知識と、 神ご自身の完全な愛です。 完全な存在は、 天使的被造物または人間的被造物の限られた知恵にとっては、 おしはかることのできない未知の暗闇であるとしても、 その完全な存在自身は、 全く明らかで、透明で、輝きわたるものであり、 神は認識と光によって、みずからを把握し、洞察し、理解し、所有します。 すなわち神は、 自分自身の完全な認識の上に立っておられます。 このことは、いかなる被造物にも不可能なことであって、 全く神に固有のものとされるのであり、 このように、完全に、みずからの全実体とみずからの完全性の全てを、 神みずから知る、ということは、 全く、神としての本性と生命を成しているものです。 すなわち、神的存在それ自身が、神的認識の対象であり、 被造物のどんな認識の対象でもなく、 このように、自分自身を完全な認識の対象とすることは、 神の本性に固有とされるものです。 同じく、無限の存在は、 天使的、人間的な全ての被造物にとって、近づきがたいものであって、 神を源とする賜物によってのみ、神を愛することができ、 直接神ご自身を愛することはできないのです。 完全に自分自身を所有する神は、 自分自身のための完全な愛なのです。 このことは、限りのあるいかなる被造物にも不可能なことであって、 神に固有のものであり、 みずからの全実体と、その神的完全の全て、その無限の愛の全てを、 このように自分自身のためにみずから愛する、ということは、 神としての本性と生命を成しているものなのです。 すなわち神的存在は、 それ自身で、神的意志の固有な対象であり、 創造されたいかなる意志の対象でもなく、 このように、自分自身を完全な愛の対象とすることは、 神的本性に固有のものなのです。 ここに神の本性と生命に固有とされるものがあります。 恩寵が、私たちに分かち与えるものとは、このことです。 恩寵は、 神がみずからを知り、愛される、そのままの、その神的実体としての神ご自身を、 私たちが知り、愛しうるものとして、 神の生命そのものを、私たちに与えるのです。 すなわち恩寵は、 もはや被造物を介しての人間的方法によらず、 その賜物のためでもなく、 私たちがただちに、神ご自身に達して、神を知り、神を愛することにより、 認識と愛によって、 神の絶対無限の完全な喜びを所有できるような神的方法によって、 私たちをして、神を知り、愛することができるものとするのです。 なぜならこの喜びは、 認識と愛において、 神の無限な完全を、あますところなく所有することにあるからです。 |
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恩寵と信仰者(◕‿◕✿)
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お祈りにきました。。いつも私たちに愛情と糧をくださる神様を愛し賛美します♥♦♫⁺♦.。.:*・゜゚・*:.。.:*・♦♫⁺♦♥
2010/3/1(月) 午前 5:06
可愛らしいご聖堂ですね・・
神様からの無償の愛を受け、賛美を称え神様により
頼み、縋っていきたいです。
神に感謝☆
2010/3/1(月) 午前 9:42
何度も読んでしまいました。頭の悪い自分には
なかなか理解が難しく、ただ天から降って来る
神様からの恩寵を有難く頂き、無の状態の中に神様を
感じお祈りを捧げたいと思います。
感謝と村ポチ!
2010/3/1(月) 午前 9:52 [ - ]
「恩寵と信仰者」の書庫にはたくさんの記事がありますね。
今度、ゆっくり読ませて頂きたいと思います。
私たちは神さまを信じ愛することによって恩寵を
与えられるのでしょうか?
ぽち(+village)
2010/3/2(火) 午前 1:02 [ 千代 ]