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。。献身的霊魂よ、神なる師の御言葉を聴きなさい。 生命は過ぎ去って、死が訪れる。 永遠が、あなたを待っている。 この世における犠牲の生活は、美しさで輝いている。 ある時には、それも重苦しいだろう。 しかし、全ては、過ぎ去っていくものだ。 苦しみの時も、 それと同じである。 悪人たちは、 死を考える時、震える。 あるいは、 死を考えまいと努めてみる。 しかし、最期の時になって、 生前楽しんだ喜びが、棘となって迫り来るのを、 どうしようもなく、防ぐことさえもできないであろう。 もしあなたが、 オスツィアとしての生き方をしたのなら、 あなたにはそんな心配は来ない。 あなたのこの世の生命の終わりの日が近づいても、 それは、緩やかに打ち寄せる憩いとなるであろう。 あなたは臨終のベッドに伏しながらも、多くの霊魂を救い、 いまや、その永遠の報いを受けることを考えて、 最期の時、喜びに溢れるであろう。 そうだ。 あなたは、蒔いたものを刈り取るのである。 献身的生活を終わりまで忍ぶならば、 あなたは至って幸福なものとなるであろう! Loquere, Domine, quia audit servus tuus. 主よ、お話ください、しもべは聴いております。 Cor Jesu, flagrans amore nostri, inflamma cor nostrum amore tui. 私たちへの愛に燃えるイエズスの聖心よ、 私たちのココロを、あなたの愛で燃やしてください。 (500日の部分免償が賦与された祈り) Aeterne Pater, tibi offero pretiosissimum sanguinem tui divini filii una cum missis per orbem terrarum hodie dictis pro animis sanctis in Purgatorio, pro peccatoribus ubiquaque, pro peccatoribus in ecclesia catholica, pro peccatoribus domus et familiae meae. Amen. 永遠の御父よ、 私は今日、全世界で捧げられるミサ聖祭と、ココロを1つに合わせ、 煉獄で浄化を受けている聖なる霊魂たちのため、 至る所に存在する罪人たちのため、 カトリック教会の中の罪人たちのため、 私の国と家族の中の罪人たちのために、 神であるあなたの御子の、最も貴い御血を、 あなたにお捧げいたします。 アーメン。 |
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修道者の聖化(◕‿◕✿)
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べネさま
有難うございます。この記事を読ませていただいて
死への恐怖が薄れてゆきます。
ペトロ前書に「人はみな草のごとく、その光栄はみな
草の花の如し」という言葉がありますね。
人の光栄が草の花であるにしても朽ちない種に再生すること
は可能なのだ、ということも同じような意味でしょうか?
感謝&村ポチ!
2010/9/26(日) 午後 8:46 [ - ]
この記事を拝見させていただいていると恥ずかしくなります
ちっとも献身的ではなく、苦しみを神様に嘆くことが多いからです
神様、ごめんなさい
小さなお手々にささげる愛をイエズス様神様お受けください♪
感謝ポチポチ♡
2010/9/27(月) 午前 1:46 [ - ]
この世の犠牲の生活を楽しんで、日々を神様にお捧げ致します…
最期の時に、微笑みをもって神の御胸に抱かれることが
出来ますように(*^^)v
神に感謝☆
2010/9/27(月) 午前 9:17
† 主の平和。。
大好きなおばあちゃんのお友達が 今 悲しみに包まれています。
わたしは もうきっとそのおばあちゃんと逢えないでしょう。
おばあちゃんと新しく出逢う方のために どうぞお祈りください。
おばあちゃんの悲しみをすべて包んであげられますように † Amen
。。神に感謝
凸ρ(・x・*=)\ポチッ♪
2010/9/27(月) 午後 8:21 [ - ]
腰部脊柱管狭窄症。これが私のこれから付き合う病気です。普通は中高年の方が患うらしいですが、私は生まれつきだったそうで、それがこの2年の減量で、支えていた肉が外れたので、何かの拍子で、痛みが出始めたらしいです。
でもちょうど1ヵ月前、神父様に好きな方への手紙を仲介頂くのを断られた(これが最後かもと思ったから。その前の診断で、内臓から来るがんかもしれないとも言われていたので)、その前の週末、会社のオフィスから駐車場まで、1キロ。100メートルごとに休みながら歩いている中で、最後は足がもつれて倒れそうになりました。その時、神は現存され、共にいてくださる。そして我々と痛みなどを共にして下さっていると強く感じました。ヨブの神への抗弁のように考えていた自分が、ふと神に対してそう感じました。今は、ミサは、本当に感謝の祭儀です。哀れな私まで降りて下って下さる神。最後の拝領前の祈りは涙が出そうになります。この機会を与えてくださった神に感謝。
2010/9/27(月) 午後 8:23 [ Ka,Sa ]
いま、毎日思い悩むことなく過ごせていることに感謝し、
最期を迎える時まで心穏やかに過ごせますように…
有難うございます。ポチっと
2010/9/28(火) 午前 10:18