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トビア 12.6〜10,15 6 Tunc Raphael dixit : Deum benedicite et illi confitemini coram omnibus viventibus, quae fecit nobiscum bona, ut benedicatis et decantetis nomini eius; sermones Dei honorifice ostendite et ne cunctemini confiteri illi. その時ラファエルは言った: 私があなたたちと共になした善のゆえに、 神を祝福し、生きる全ての人々の前で神に感謝を捧げなさい。 そうすれば、その御名が祝福され、誉め歌われるようになるからである。 神の語られた御言葉が敬われるように示しなさい。 そして、神に感謝を捧げるのをためらわないようにしなさい。 7 Bonum facite, et malum non inveniet vos. 善を行ないなさい。そうすれば、悪があなたたちを捕らえることはない。 8 Bona est oratio cum ieiunio, et eleemosyna cum iustitia. Melius est modicum cum iustitia quam plurimum cum iniquitate. Bonum est facere eleemosynam magis quam thesauros auri condere. 善とは、断食を伴う祈りであり、正義を伴う施しのことである。 不正によって多くを得るよりも、正義によって僅かばかりを得るほうが、遥かに良い。 金を蔵に蓄え込むよりは、施しを行なうほうが、一層優れた善である。 9 Eleemosyna a morte liberat et ipsa purgat omne peccatum. Qui faciunt eleemosynam, saturabuntur vita; 施しは、死からの解放をもたらし、 施しそのものによって、全ての罪が浄められる。 施しを行なう者は、人生に潤いがもたらされる。 10 qui faciunt peccatum et iniquitatem, hostes sunt animae suae. 罪や不当な事柄を行なう者は、自らが自身の魂の敵対者となる。 15 Ego sum Raphael, unus ex septem angelis sanctis, qui assistimus et ingredimur ante claritatem Domini. 私はラファエル、聖なる7位の天使たちのうちの1位の天使である。 私たちは、主のまばゆい光輝の御前に傍立ち、その奉仕に携わる者である。 |

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本当に深いお言葉です。不正で魂まで汚して得たものに、何の価値があるのでしょう。。。自らが自身の魂の敵対者になる・・・神が罰するより、自分自身の内からの非難のほうが執拗に続く気がします・・・ すばらしい言葉ですよね・・・
2006/10/28(土) 午後 4:17
taffynadyさん、ありがとうございます♪その通りでございます (u‿ฺu✿ฺ)罪人への良心の呵責は、この世だけにとどまらず、死後、永遠に自分自身を苦しめることにつながります。その苦しみには終わりがないのです☆
2006/10/29(日) 午前 8:18
ですから、罪や不正をなす人々は、今、悔い改めの時間が与えられているうちに、犯した罪を痛悔し、心を改めて神に立ち返り、神の赦しを願い求め、救いと贖いの福音を信じて、自愛心に死んで、神の生命に生きるようにしなければなりません。神は喜んで、その人の曇った良心を掃き清め、たちまち良心の呵責から解放してくださいます。そして神は、その悔い改めてご自分に立ち返る人を永遠の幸福・永遠の安らぎ・永遠の喜びに、迎え入れてくださいます(◕ฺ‿ฺ◕ฺ✿ฺ)
2006/10/29(日) 午前 8:19
すごいいい言葉ですね!!とっても温かいです・・・。
2006/10/29(日) 午前 10:35
過ちを悔いて懺悔したとき、許してくださる神の心の広さが 本当の救いですね。
2006/10/29(日) 午後 4:27
ともみさん、ありがとうございます♪神の御言葉を通して示される、神のあたたかい愛を感じ、味わうことを心がけ、いつも、永遠の幸福・永遠の安らぎ・永遠の喜びに、心のまなざしを向けてくださいねっ(◕ฺ‿ฺ◕ฺ✿ฺ ☆
2006/10/30(月) 午後 3:28
taffynadyさん、ありがとうございます♪本当にその通りです☆神に立ち返る人々への、神の赦しの際限のなさは、本当にはかりしれません。また、神の赦しの恵みに浴した人は、神への感謝の表明として、隣人の過ちを心から赦さなければなりません。そのようにしてこそ、真に神の赦しに生きる者となりうるからです☆・.。*†*。.・
2006/10/30(月) 午後 3:34
私の堅信名は「マリア・ラファエラ」です。親友でもある代母が
「病気を持って苦しんでいるあなたを守ってくださるよ」と
彼女と同じ天使を勧めてくれました。
天使については、まだまだ勉強不足ですので、ここで勉強します
(❀ ◕ܫ◕ )ノポチ
2009/6/7(日) 午前 7:20
良心の呵責は大事なんですね。
それに反すると、自己を裁いてしまうでしょう。
そんなキレイごと言っとられるんかw? とでも言いたげな人がいた過去を思い出します。
2010/6/13(日) 午前 1:30 [ ひろしまん ]