誰も、私の手をのがれられるものはない、という事を知っておいてもらいたい。
私は存在者であり、あなたたちはあなたたち自身で存在するのではないからである。
あなたたちは、私によって創造された程度においてしか存在していない。
私は万物の創造主であり、これらに存在を分け与えた。
しかしながら罪の創造主ではない。
罪は存在ではないからである。
『罪』は私によって創造されたものではなく、私の中に『罪』はないから、愛される価値もない。
私は最高善であり、燃え盛る愛の極みのうちに、被造物に存在を与えた。
にもかかわらず、被造物は私を侮辱する。それは、愛してはならない『罪』を愛するからである。
人は、私からのがれられない。
彼らの罪過を処罰する私の正義のうちに捕らえられているか、もしくは、私の憐れみのうちに保護されているか、いずれかのうちに私の中にいるのである。
『真理』とは、次の通りである。
人間が不滅の生命を所有して私と分かち合うことができるように、私のいつくしみの崇高さと永遠の歓喜を味わうことができるように、これを私の似姿として、私が創造した。
しかし、罪過によって、天と私の憐れみの扉を閉ざしたが故に、この目的を達成することができなくなり、私の『真理』が全うされなくなった。
『罪』は、茨を生じて、あらゆる艱難と葛藤を産出した。
被造物は、自己のうちに敵対が起きていることを把握した。
被造物は、私に敵対することで、ただちに自分自身に対して敵対することになる。
肉はただちに霊に対する戦いを起こした。人間は無垢な状態を喪失し、汚れた動物になりさがった。
続いて、私が与えた状態にとどまるならば服従していたであろう、あらゆる被造物に対しても戦わねばならなくなった。
人間は、この状態を打ち棄てたが故に、私の掟に背いて、霊魂も肉体も共に、永遠の死に陥る羽目になったのである。
人間は罪を犯すと、ただちに激流に襲われ、その水の流れに絶え間なく悩まされる羽目になったのである。
人間は、労苦と責苦、自分自身からの叱責、悪魔からの叱責、世俗からの叱責を耐え忍ばなければならなくなったのである。
全ての人は、この激流に溺れて、誰一人として、その全ての義をもってしても、永遠の生命に到達することができなくなったのである。
そのために私は、これほど大きな災いを癒したいと望んで、私の子を『橋』としてあなたたちに与えたのである。
それは、あなたたちがこの『橋』を通って、暗黒の生命の嵐に満ちた海の大河を、溺れることなく渡りきることができるようにするためである。
だから、私が与えた助けを受け付けようとしないことが、いかに愚かなことであるかを理解してもらいたい。
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ミルク達が生きてるって普通なんだけど凄い事なんですね☆当たり前なんかじゃないんだね☆
2006/10/30(月) 午前 9:32 [ mgs**300 ]
ミルクさん、ありがとうございます♪その通りでございます(◕ฺ‿ฺ◕ฺ✿ฺ)私たちの存在の始まりから今に至るまで、創造主によって生かされているという現実があります。
2006/10/30(月) 午前 10:15
そしてこれからも、存在を継続してゆくことも『当たり前』ではなく、神の愛に支えられて生かされてゆく、という賜物です☆ですから、いつでも、またどんな時にも、神に感謝を捧げていく姿勢は、生命を与えていただいている人としての、あるべき自然な態度であります (u‿ฺu✿ฺ)
2006/10/30(月) 午前 10:15
その一方で、与えられた生命を尊重せず、自分や他人の生命を危険にさらす行為は、当事者だけでなく、他の多くの人々をも苦しみと悲しみの坩堝へと突き落とし、来世においてもその責任が問われる、非常に重大な不幸ですから、極力回避しなければなりません。
2006/10/30(月) 午前 10:15
『人』は、受精の瞬間から『人』であり、その生命は尊重されなければなりません。無力な状態であればあるほど、その生命は保護されなければなりません。愛する者は自他共に、その与えられた生命をも大切にするのです。 生命をこの世に産み出し、養い、育み、教える役割を担う人々の、親としての使命は、いかに崇高なことでしょう!
2006/10/30(月) 午前 10:16
この事実は現代において、特に再考されなければなりません。そのためには、その生命の基盤となる婚姻関係の大切さも、再考される必要があると思われます。婚姻関係は相互の『愛の絆』で結ばれ、生涯を通してその『愛の絆』を保持することでこそ、まことの『愛の絆』が全うされるものであり、そして婚姻を尊重する人々は、その子の生命全体をも尊重し、婚姻を軽んじる人々は、その子の生命全体をも軽んじる、という不可分の関係にあるからです(◕ฺ‿ฺ◕ฺ✿ฺ)
2006/10/30(月) 午前 10:28