ラテン語について

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各国語ミサ導入50周年にあたり
 
ラテン語について
 
まず第一に
ラテン語が、カトリック教会のいわば母国語であり
他の諸言語にまさり尊敬をもって受け入れられるべきものであることは
教皇勅書、教会法、公会議文書等から明らかであり
本来、全教会において共通認識たるべきものであり
ラテン語の使用そのものを否定する行為は、教会のセンスに反しています
 
現代では、ラテン語で行なわれる儀式の正当性と効力を否定する者は、カトリック信者の中に1人もいない。
ローマ・ミサ典礼書の総則InstitutioGeneralis Missalis Romani 12)
  
私的な祈りに使用する言語について
 
基本的に私的な祈りについては
その本人が理解しているのであれば
日本語で唱えようが、英語で唱えようが、ラテン語で唱えようが
本人でない他の人が、それをとやかく言う資格はありません
 
祈りは、何語で唱えようが、それは祈りであり
その人の固有のココロの表現だからです
 
公的な祈りに使用する規範言語であるラテン語
 
ただ、教会の公式の祈りについては
ラテン語が唯一の真の普遍的典礼用語であり
このこと自体を覆す権利は、誰も持ち合わせていません
 
ラテン語は、教会の生きる言語です。教会は、あらゆる国に結ばれ、つながりをもち、世の終わりまで、普遍的な言語、不変の言語、俗的でない言語を保ち続けます。ラテン語は、実際、明白で素晴らしい一致のしるしであり、教会の尊敬すべき母国語です。教会においては、気高く、威厳に満ちた、自国語ではない、その言語(ラテン語)を使用すべきであることは、全てにおいてふさわしいことです。
(聖ヨハネ23世教皇 使徒的憲章Veterum Sapientia 3)
 
ラテン語の使用は、拒否されるよりもむしろ、最大限の配慮をもってしても保護されることこそが、確実に、ふさわしいものです。ラテン教会にとって、ラテン語の使用は、キリスト教文明の最も豊かな源泉であり、最も敬畏に富んだ宝庫です。それゆえ、各世紀を通じて、あなたたちのために彩られたこの偉大な伝統を、過小評価してはなりません。
(福者パウロ6世教皇 使徒的書簡 Sacrificium Laudis )
 
典礼への各国語の導入の契機

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ところで
その国の信者が、その国の言語でミサにあずかることは
該当国語ミサの信者にとって、理解を深めることは確かなことです
 
というのも
みながみなラテン語を率先して学ぼうとする信者ばかりではないからです
 
実際、教会権威者たちの証言として
ラテン語を理解しない人々にとってミサが理解できないため
ミサ挙行中に、ミサの流れにそわない祈りや
コンタツをつまぐり、ぶつぶつとロザリオの祈りをしているといった状況が目立つ
というのが多々ありました
 
2ヴァティカン公会議教父たちの願いは
ミサにあずかる信者たちが、その神秘を深く把握するための
有効な手段を模索することでした
 
それが、教会の典礼への各国語の導入の『許可』でした
 
ここで『許可』とあえてカッコ書きにしたのは
ラテン語が依然として、教会の典礼言語であることに変わりがないからです
 
聖霊からの偉大な贈り物である第2ヴァティカン公会議は
典礼に、各国語の導入の契機をもたらしました
 
最初の口語ミサ挙行
 
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196537日、四旬節第1主日にあたり
福者パウロ6世教皇聖下は、ローマの諸聖人教会への公式訪問に際して
ラテン語でない、口語、イタリア語での最初のミサを挙行されました
 
「今朝みなさんがごらんになったように、全ての小教区と教会における典礼の中に、公式に、口語が組み入れられました。この日、世界に及ぶ祈りと聖なるミサの挙行の新たな方法が、最初の時を刻みました。これは大いなる出来事であり、神と人との間の崇高な対話における新たな参与の1つとして、想い起されるようになるでしょう」196537日;福者パウロ6世)
 
各国口語ミサはラテン語規範版を忠実に翻訳したものでなければならない
 
「キリスト教文明の最も豊かな源泉であり、最も敬畏に富んだ宝庫」(1966年)
と素晴らしい表現を用いてラテン語の使用を再確認された福者パウロ6世は
ラテン語を教会の典礼から放棄することは意図していませんでした
 
教会法も第2ヴァティカン公会議文書も教皇文書もそれを証明しています
 
福者パウロ6世が求めた各国語ミサは
その忠実な翻訳による、ラテン語ミサの意味の再現性を
各国の信者の心に、豊かに実現させ、その理解を育み、育てていき
信者1人ひとりを、教会の祭儀の神秘に深く分け入れさせるためのものでした

実際、教会の典礼的刷新の勇敢な行為は、神の民に近づいて、教会が行なうことへの理解を深めることに貢献しました。私たちはいつも前向きであるべきで、後ずさりする人は思い違いをしています。
201537日;フランシスコ教皇;ローマの諸聖人教会への公式訪問)

このように述べたフランシスコ教皇も、前任者たちと同様に
ラテン語を教会の典礼から放棄することを意図しておらず
そのミサ聖祭挙行だけでなく
正午のお告げの祈りやアレルヤの祈りにおいても
ラテン語を積極的に使用し
教会の重要な祝祭の典礼においては必ずラテン語を使用しています

これらの事実を踏まえれば容易に把握できることですが
教会は、各国語をラテン語に参与・調和させることを望んでいるのであって
ラテン語をないがしろにしたり、各国語を軽蔑する『両極端』を望んでいません
また、教会の真意を歪曲して、不正の隠れ蓑とすることも望んでいません
 
典礼刷新によって始められた各国語ミサは
その本質において、典礼的美と秩序の比類ない表現の1つです


しかしながら、それが正しく理解されうるのは
その国語訳が、ラテン語原文に忠実に訳出しされている時に限られています
 
教皇との一致が保たれる限りにおいて
地方教会が、真に、『カトリック教会』であるように
ラテン語ミサの意味合いの一致が保たれる限りにおいて
各国語ミサが、真に、『カトリックのミサ』となります
 
従順は実りをもたらし
不従順は不毛をもたらすからです
 
Lex Orandi, Lex Credendi, Lex Agendi
 
教会が定めた公式の祈り文は
教会が抱いている信仰を表明するものであり
教会がなすべき儀式を、美しい規律のうちに表現するものです
 
それゆえ、教会の公式の祈り文が、各諸言語に翻訳されるに際し
忠実さ、繊細さ、正確さが要求されます
 
そのことは、これまで教皇庁が、日本を含む、各地方教会にあてた
各国語ミサに係る、再三にわたる是正勧告で示されているとおりです
 
結論として
 
各地方教会は、各国語ミサにおいて
省略や恣意的変更などの不忠実で不従順な加工ではなく
教皇庁典礼秘跡省の指導に基づいて
ラテン語ミサを忠実に翻訳した、各国での口語ミサを
各国の信徒に提供すべき役割と責任があるのであって
 
ラテン語使用の批判をすることが
各地方教会の役割でもなければ、まして責任でもない、ということです
 
なお、各国語で挙行されるミサにおいて
信仰宣言や主の祈りについては
ラテン語で共唱することを、公会議も典礼総則も教皇ご自身も求めておられます
 
キリスト信者が、ミサ通常文の中で、信者に属する諸部分を、ラテン語で一緒に唱えることができるよう、また歌うことができるよう、配慮しなければならない。
(第2ヴァティカン公会議Constitutio de Sacra Liturgia 1.36)
 
各国の信者が集まる機会も日増しに多くなっているので、少なくともミサの通常式文のある部分、とりわけ、信仰宣言と主の祈りを、やさしい旋律を用いて、ラテン語で、共に歌うことができることが望ましい。
(ローマ・ミサ典礼書の総則 Institutio Generalis Missalis Romani 41)
 
教会の普遍性と一致を表わすため、よく知られた教会の伝統的な祈りを、ラテン語で唱えたり、グレゴリオ聖歌を歌うことはふさわしいことです。
信者が、共通のラテン語の祈りを唱えられるよう、また、グレゴリオ聖歌を用いて祭儀の一部を歌うことができるように、教育を施される可能性をなおざりにしてはなりません。
(ベネディクト16世教皇 使徒的勧告 Sacramentum Caritatis 62)
 
ちなみに、20151129日待降節第1主日より
日本の全教区において、奉献文の結びの栄唱は、司祭のみ全文を唱え
信徒の応唱は「アーメン」のみになります

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以前から、娘は、何故訳が違うの?と言います。回心も、日本語に訳すとこの言葉が適しているが、考え直す、等の意味なのです、と。
日本語に訳すと、今の祈りになるのですか・・娘は英語と日本語も違うよね・・ちゃんとした訳が知りたいけど、日本語に訳すのは難しいのですか・・勉強不足です、教えてください。

2015/4/14(火) 午前 1:38 [ ライオンKIDS ]

お久しぶりです。

お元気でご活躍ですね。
私は今年ブログ開設、6年目を迎えました。
べネさんに励まされ…。
有難うございました。☆

2015/4/14(火) 午前 11:41 通せんぼ

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信仰宣言と主の祈りを、やさしい旋律を用いて、ラテン語で、
共に歌うことができることは国際化している日本のカトリック教会
に必要なことですね
記事に感謝します

2015/9/10(木) 午後 4:38 ニール

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記事の終わりに
ちなみに、2015年11月29日待降節第1主日より
日本の全教区において、奉献文の結びの栄唱は、司祭のみ全文を唱え
信徒の応唱は「アーメン」のみになります と書かれていますが
今でも「すべてのほまれと栄光は〜・・・」から全員で歌うことが多いです

2016/3/15(火) 午後 3:12 ニール


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