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Eucharistic Devotion,the Fountain of the Catholic Faith
カトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心
教皇聖下の祈りの意向
2016年4月
世界共通の意向: 小規模農家の人々
小規模農家の人々が、貴重な労働に対する正当な報酬を得ることができますように。
福音宣教の意向: アフリカのキリスト者
アフリカに暮らすキリスト者が、政治的・宗教的紛争のただ中にあっても、イエズス・キリストへの愛と信仰を証しすることができますように。
フランシスコ教皇聖下
神である主は、人を取って、エデンの園に置き、
そこを耕し、守るようにされた。
(創世記2,15)
私は小規模農家であるあなたに感謝いたします。
あなたの働きは、全ての人の生命にとって、必要不可欠なものです。
あなたは、人として、また、神の子として、
それ相応の生活を営むに値するかたです。
しかし、私は気がかりなのです。
はたして、あなたの労働は、どのように報いられているでしょうか?
この地球は、神からのギフトです。
それが、ごく限られたわずかな人々の利益のために、
大多数の人々から、その権利や利益が奪われたり、
搾取されたりするようなことは、正しくありません。
この私の祈りの声に、
あなたの声を重ね合わせるように考慮していただければと思います。
小規模農家の方々が、
その貴重な労働に対する正当な報酬を受けることができますように。
聖イズィドロ農夫
〜農民の保護者〜
聖イズィドロ(記念日;5月15日)は、1070年スペイン、カスティリア王国のマドリードの貧しい家庭に生まれ、裕福なマドリードの地主ファン・デ・ヴァルガスの農場で農夫として働き、毎朝ミサに与かり、ある日、農夫の仲間が聖人について、毎朝仕事に遅れてくることに不満を鳴らし、地主は聖人を呼びつけ叱りつけるが、よくよく農場を見てみると、遅れて始めたはずの仕事にもかかわらず、他の農夫たちよりも、農作業がはかどっていたことに疑問を抱き、聖人が聖堂にいる間に聖人の畑へ行くと、天使が2頭の牛を使って、聖人の代わりに作業しているところを目撃した。またある日、雇い主が暑さでのどが渇いているのを見て、乾いた土地から新鮮な水を噴き出させて、その渇きを癒した。福者マリア・トッリビア・ア・カピテMaría a Capite(記念日;9月9日)と結婚し、息子をもうけたが、ある日息子が深い井戸に落ちた際、聖人と福者が祈りを捧げると、井戸の水がどんどん水位を上げ、息子を地上まで奇跡的に押し上げ、救出することができた。1130年5月15日帰天した。致命的な病気に罹患したスペイン王フィリップ3世が、聖人の聖遺物に触れた際、奇跡的に癒されたことから、高価な銀製の聖遺物容器を聖人のために提供した。1619年列福。1622年列聖。1960年聖ヨハネ23世教皇により『農民の保護者』と宣言された。『マドリードの保護者』『農業、日雇労働者の保護者』
Oratio.
Da nobis, quæsumus, misericors Deus :
beato Isidoro agricola Confessore tuo intercedente,
superbe non sapere ; sed, eius meritis et exemplis,
placita tibi semper humilitate deservire.
Per Christum Dominum nostrum. Amen. (MR1962)
憐れみ深い神よ、
あなたの証聖者、幸いなイズィドロ農夫の取次ぎによって、
あなたに願い求める私たちに恵みをお与えください。
私たちが傲慢の味を占めることなく、
むしろ、聖人の功徳と模範によって、
私たちがいつも謙遜のうちに、あなたに熱心に仕えることができますように。
私たちの主キリストによって。アーメン。
カトリック教会のカテキズム
Socialis doctrina Ecclesiæ
経済生活や社会生活のかなりの部分は、
個人や法人間で結ばれた契約、
たとえば、売買の取引契約、小作契約、労働契約などが、
守られるか否かに左右されています。
あらゆる契約は、誠意をもって結ばれ、実行されるべきです。
労働は、
神にかたどって造られ、地を支配しながら、
人々と共に、人々のために、創造の業を継続するようにと召された、
各々の人間の人格から直接に出てくるものです。
労働は、
創造主からの賜物と、受けた才能とを、大事に活かすことであり、
贖いの価値を持つものとなるもので、
ナザレの職人、十字架につけられたイエズスと心を合わせて、
労働の労苦に耐えることによって、
神の御子の贖いの御業に協力することができるもので、
現世的事物を聖化する手段、
この世の現実をキリストの霊において活性化するものとなりえます。
人は、労働をしながら、
自分の本性に刻まれた能力の一部を働かせ、完成させます。
労働の第1の価値は、
労働の主体であり目的である人間そのものにあります。
労働が、人間のためにあるものであって、
人間が、労働のためにあるのではありません。
1人ひとりの人間は、
労働に携わって、自分と家族の生計を立て、
人間共同体に奉仕することができるようにしなければなりません。
企業は、
その活動における経済問題や環境問題に関する責任を、
社会に対して負っています。
利潤の増加だけでなく、人々の善益を考慮しなければなりません。
とはいえ利潤も必要です。
利潤は企業の将来を保証する投資を可能にさせ、
雇用を保証するからです。
労働の報酬は、
各自の任務と生産性、企業の状況と共通善を考慮した上で、
本人とその家族に、物質的・社会的・文化的・精神的生活を、
ふさわしく営むことのできる手段を保障するものでなければなりません。
国際的関係において、
資源や経済手段の不平等が、
国々の間に、深い溝を生じさせています。
一方で、成長の手段を所有し、発展させている国もあれば、
他方で、負債を増大させている国々があります。
そのため、裕福な国々は、
国際的な経済制度や金融制度を改革して、
発展途上国との公正な関係を促進させるよう配慮しなければなりません。
そのようにして、
自国の発展と解放のために行なっている、
貧しい国々の努力を、支える必要があります。
以上の教えを、特に、農業の分野に当てはめなければなりません。
農民、特に、第3世界の大多数の農民が、
貧者の大半を占めているからです。
神の感覚と自己認識を増大させることは、
人間社会の健全な発展全体の土台となるものです。
この発展は、物的財を増加させ、
それを人間とその自由のために役立たせ、
貧困や、経済的搾取を減らすものであり、
さらに、それぞれの文化の独自性をますます尊重するように導き、
超越するものを受け入れるように心を開かせてくれます。
政治体制の構築や、社会生活の組織づくりに、直接介入することは、
教会の司牧者の任務ではありません。
この任務は、信徒の召命の分野であり、
信徒は他の一般市民と力を合わせつつ、
自らの発意で、それを果たさねばなりません。
社会活動においては、つねに共通善を目指し、
聖福音と教会の教えに従って、行なわなければなりません。
実際、キリスト教的関心に基づいて、
この世の現実に活力を吹き込むのは、信徒の役割だからです。
そして、そのことによって信徒は、
平和と正義の証人となり、担い手となることができます。
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教皇聖下の意向✿
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The strength of the family lies in its capacity
to love and to teach how to love.
@Pontifex
2016/4/10(日) 午前 5:57
Our teaching on marriage and the family cannot fail to be inspired
by the message of love and tenderness.
@Pontifex
2016/4/10(日) 午前 5:58
Every family, despite its weaknesses,
can become a light in the darkness of the world.
@Pontifex
2016/4/10(日) 午前 5:59
In our families, we must learn to imitate Jesus’ own gentleness.
@Pontifex
2016/4/11(月) 午後 7:33
Love opens our eyes and enables us to see the great worth of a human being.
@Pontifex
2016/4/11(月) 午後 7:34
Each new life allows us to appreciate the utterly gratuitous dimension of love.
@Pontifex
2016/4/11(月) 午後 7:35
It is important for a child to feel wanted.
He or she is not an accessory or a solution to some personal need.
@Pontifex
2016/4/11(月) 午後 7:36
Open and caring families find a place for the poor.
@Pontifex
2016/4/11(月) 午後 7:36
The divorced who have entered a new union
should be made to feel part of the Church.
They are not excommunicated.
@Pontifex
2016/4/11(月) 午後 7:38
To know how to forgive and feel forgiven is a basic experience in family life.
@Pontifex
2016/4/11(月) 午後 7:39
Fidelity has to do with patience.
Its joys and sacrifices bear fruit as the years go by.
@Pontifex
2016/4/12(火) 午前 0:12
Children are a wonderful gift from God and a joy for parents.
@Pontifex
2016/4/12(火) 午前 0:14
The family is where we first learn to listen and share,
to be patient and show respect, to help one another.
@Pontifex
2016/4/12(火) 午後 10:03
The home is the place where we learn to appreciate the beauty of the faith,
to pray and serve our neighbor.
@Pontifex
2016/4/12(火) 午後 10:04
It is essential that children see
that prayer is something truly important for their parents.
@Pontifex
2016/4/12(火) 午後 10:05
To understand, forgive, accompany and integrate.
That is the mindset which should prevail in the Church.
@Pontifex
2016/4/12(火) 午後 10:05
May mercy guide our steps, inspire our reforms and enlighten our decisions.
franciscus
2016/4/12(火) 午後 10:11
The Church must pattern her behavior after the Son of God
who went out to everyone without exception.
@Pontifex
2016/4/13(水) 午後 10:10
The way of the Church is not to condemn anyone for ever,
it is to pour out the balm of God’s mercy.
@Pontifex
2016/4/13(水) 午後 10:11
The Lord’s presence dwells in families,
with all their daily troubles and struggles, joys and hopes.
@Pontifex
2016/4/13(水) 午後 10:12