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Eucharistic Devotion,the Fountain of the Catholic Faith
カトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心
教皇聖下の祈りの意向
2016年9月
世界共通の意向: 人間中心の社会
私たち一人ひとりが、共通善のために、また人が常に大切にされる社会の建設のために、尽くすことができますように。
福音宣教の意向: 福音宣教の使命
秘跡にあずかり、みことばを黙想することによって、キリスト者が福音宣教の使命をより深く自覚できますように。
人間性は危機に直面しています
それは単に、経済上や金融上におけるものばかりでなく
環境上、教育上、道徳上、人間そのものの危機です
私たちが危機について語る時
私たちは種々の危険について語ります
しかしながら、むしろ種々の機会について語るべきではないでしょうか
では、それは一体どのような機会でしょうか?
それは、連帯を結ぶ、という機会です
来て、私を助けてください
全ての人のために、私たち各々が、共通善に貢献し
人格が中心に据えられる社会の建設に貢献することができますように
※被造物を大切にする世界祈願日(9月1日;日本では9月第1日曜日) あぁ、貧しい人々の神よ、この地上において見捨てられた人々、忘れられた人々、あなたのまなざしにおいて貴い彼らを救うことができるよう、私たちを助けてください。
あぁ、愛の神よ、この地球上の全ての被造物のための、あなたの愛の道具として、この世界があり、そこに私たちの居場所があるということをお示し下さい。
あぁ、憐れみの神よ、私たちがあなたの赦しを受け取り、私たち共通の家の至るところに、あなたの憐れみをもたらすことができますように。
Laudato si!アーメン。
私たち各々が、共通善に貢献し
人格が中心に据えられる社会の建設に貢献することができますように
カトリック教会のカテキズム
人類の召命とは、神の似姿を示し
御父の御独り子の似姿に変えられることです
人間には、社会生活が欠かせません
他の人と交わることによって
また、互いに役立ち合ったり、対話し合ったりすることによって
人間は、その諸能力を発揮させ
自分の独自性を開花させるタラントンを実らせなければなりません
社会の各共同体は、それぞれの目的によって性格づけられ
特有の規則に従わなければなりませんが
あらゆる社会制度の起源、主体、目的は
ペルソナとしての人間であり、また、そうでなければなりません
社会は、人間の召命の実現のために
物質的次元や本能的次元を、内面的次元や精神的次元のもとに置く
という正しい価値の序列を尊重すべきです
愛は、最も重要な社会的おきてです
愛は、他者とその権利とを尊重します
愛は、正義の実践を要求し
愛だけが、私たちに、それを実践できる力を与えてくれます
愛は、自分を捧げる生き方を促します
個人の善は
人間の社会的本性のゆえに
必然的に共通善に結ばれています
他方、共通善は、個人を考慮することなしに、決定されません
共通善には、3つの本質的要素があります
第1に、個人を、その人であるがゆえに、尊重することです
たとえば、正しい良心に従って行動する権利
プライバシーを守る権利
宗教の分野を含めた正当な自由を享受する権利
これらを行使する諸条件を整えることを
共通善は要求します
第2に、共通善は、集団の社会的安寧と発展を求めます
権威者は、それぞれの人が、真に人間らしい生活を送るために必要なもの
たとえば、食料、衣服、健康、仕事、教育や教養、適正な報道
家庭を作る権利などを手に入れやすくなるよう図らなければなりません
第3に、共通善には、平和
つまり、正しい秩序の持続や保全という内容が含まれています
したがって、権威者は、適正な手段を用いて
社会とその構成員との安全を図らなければなりません
共通善こそが、個人や集団の、合法的防衛権の土台になるものです
事物の秩序は
人間の秩序に従属すべきであって
その反対であってはなりません
人間の秩序は
真理を土台として
正義の上に建てられて
愛によって生かされます
社会正義は
人間の超越的な尊厳を、尊重することなしには得られません
人間こそが
社会が目指すべき究極の目的だからです
人間は、本質的に、人格としての尊厳と
それに由来する人権という点で平等です
基本的人権に関する全ての差別は
それが、社会的差別であろうと、文化的差別であろうと
性別、人種、皮膚の色、地位、言語、宗教に基づくものであろうと
神の意図に反するものであり
克服し、排除しなければなりません
人々における相違は
年齢、身体的能力、知的能力、倫理的能力
各自が経験した交流、富の分配などに由来して、現れてきます
そのように、タラントンは
人それぞれ同等に配分されているのではありません
このような相違は
神のご計画に基づくものであり
神は、各自が自分に必要なものを、他者から受けることを望まれ
また、特別なタラントンを持つ人が、これを必要とする人々に
その恩恵を分かち与えることを望まれます
このように、相違は
寛容、好意、分かち合いを促し、これを義務づけます
相違はまた
諸文化が、相互に豊かにしあうための刺激ともなるものです
連帯は、きわめてキリスト教的な徳です
物的なものの分かち合いをしながら
それ以上に、霊的宝の分かち合いを実践させてくれるものです
シエナの聖女カタリナおとめ教会博士
共通善のための各々のタラントンの相違について
他者との善の分かち合いについて、神は仰せられます
「あなたたちは、隣人を自分自身のように愛さなければならない。
隣人への助けは、
私への愛ゆえに、隣人に対して抱く愛から発するものでなければならない。
この愛は、祈り、言葉、助言によって隣人を助けることを義務づけ、
状況や要求に応じて、霊的援助や物的援助をもたらすことを義務づける。
もし、援助のための具体的な手段をあなたたちが持ち合わせないなら、
せめて望みを抱かなければならない。
人は、隣人のために私に捧げるはずの祈りや敬虔な望みを捧げないなら、
私の恩寵を失うと共に、隣人の期待を裏切ることになるからである。
私はいくつかの善徳を、
ある人に多く、また他の人に多く、
ある人には慈善を、ある人には正義を、
ある人には謙遜を、ある人には賢明を、
それが他の善徳に比べて、際立っているように見える方法で分配し、
各々の霊魂の種々の段階に応じて分配する。
それは、その霊魂が、おもだった善徳を、
他の善徳よりも、実行する多くの機会に出会うからである。
私にとっては、
からだにとっても、霊魂にとっても、
必要な全てのものを、人に与えることは可能であった。
しかしながら、
肉体的な善の分配に関して、
私は極めて大きな不平等に基づいた。
私は、各々が必要な全てを掌握するのを望まなかった。
というのも、人々が、それらの不足のゆえに、
必然的に、相互に、愛徳を実行する機会をもてるようにするためであった。
それゆえ、各々は、互いに求め合い、
私から受けた恩寵や賜物を分配するための、私の協力者となるのである。
それゆえ人は、好むと好まざるとによらず、
愛徳を実行する必要性からのがれることはできない。
これが、あなたたちを、異なる状態や異なる段階においた理由であり、
あなたたちが私の愛徳の実践の協力者であることの理由である。
私の愛の絆につながる人は、
その状態に応じて、他者にとって有益なものとなることができるのである」。
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教皇聖下の意向✿
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9月になりました。
まだ残暑が続くようです。
身体をいたわりつつ頑張りましょう
今月もよろしくお願いいたします。
讃美歌を聞きながらオールPt
2016/9/1(木) 午前 1:34
通せんぼさん、オールぽてぃもありがとうございます✥
ですね〜っ
お互い無理せずぼちぼち頑張りましょ〜
今月もどぅぞよろしくなのです
2016/9/4(日) 午前 10:23
昨年は、10周年おめでとうございます
&当方へのお祝いもありがとうございました


おたがい今年も頑張りましょう
すっかり遅くなりましたが、2017年もどうぞよろしくお願いいたします
ナイス
2017/1/27(金) 午前 3:12