教皇庁関連(◕‿◕✿)

[ リスト ]


イメージ 1

 
FAMILY
Father And Mother, I Love You
 


非配偶者間の人工受胎は
結婚の絆に反し、夫婦の一体性を損ない
夫婦から生まれる子供の権利にも反する
 
 
体外受精に関するニュース
 
諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘院長は17日、7月までの約20年間に不妊夫婦114組が夫の実父から精子提供を受けて体外受精を実施し、173人の赤ちゃんが生まれたと発表した。
 
SNSの反応
 
「この医師から医師免許を剥奪するべき。」
 
「自分の子が、主人とは兄弟ってこと!!?」
「結局は夫の腹違いの兄弟を妻が産むんでしょ。」
「子供が後で知ったら、戸籍上の父に「よう、兄貴」と言うのかな。」
「私も不妊だけど、そこまでして子どもが欲しい人の気持ちが分からん。」
「これは、いくらなんでもやり過ぎ。長い人生の中で、諦めも必要だと思う。」
 
「旦那の子供だから欲しいのであって、
事情があって授からないのであれば諦めるよ、私なら。」
「その子はその家の血を受け継いではいるけど夫婦の子どもとは言えない。
あくまで義父との子ども。私はそこまでして子どもがほしいと思わない。」
 
「姑の気持ちになったら、更に嫌!」
「義母も夫も子どもも複雑なのでは???」
 
「お父さんだった人は腹違いの兄??人間不信になりそう。
その子の人生はそれで幸せなのですか?」
「自分の父親が義父だって知ったらショック受けるよ。近親相姦に近い!」
「子供が欲しいといっても旦那の子供じゃないと意味ない。」
「自分が子供だったらショックで親を憎む。なんだよそれ?って思ってしまう。
「気持ちはわかるけど、不可侵なところに踏み入れている気が。」
 
「子供の事は無視で自分の事しか考えてないじゃん。」
「子供は、自分が誕生する運命を変えられない。全て親の満足。勝手。」
 
「精子提供より養子の方が良いと思います。」
「家族を求めてる子供を養子にするのはダメだったのかな(´・_`)
「里子という形で家族を築いてもいいんじゃないですかね。
その方があきらかに自然な形だと思いますが。」
「そこまでして子供が欲しいなら養子を迎えた方が。と思ってしまう」
 
「実際の性交渉がないとはいえ気持ち悪い。」
「誕生するのは旦那の子供じゃなくて異母兄弟なのに
だったら、義父とエッチしても結果は同じってことでしょ」
「このために旦那の親父が精子出してるとか考えると、本当に無理。」
 
「子にすれば実際のところ父親は兄なんですどこまでいっても。
それに結果からすると嫁さんは爺さんの妻なんですね。」
 
 
たしかに不妊というのは本人たちにとって辛いことでしょうけれど
そもそも、実の父で血縁とはいっても
戸籍上の子供にすることができたとしても
生まれてくる子供は
実際、夫婦間の性交渉という絆の聖行為の実りではないわけで
まして、体外受精のために
義理の父親のマスターベーションによる採精という不道徳や
「スペア」とされる受精卵の殺害の可能性もあるでしょう

非配偶者間の人工受胎によって子供を生み出す、というのは
本来的に、不妊夫婦の『エゴ』であって
子供のためを思ってのことではなく
両親という立場の濫用
一種の『人為的な』不倫の正当化
子の有する、夫婦間の実りとして生まれ出る権利の侵害
といったところでしょう
 


 
↑↑↑URLをぽちクリっとねヾ(。◕‿◕)ノ凸↑↑↑



イメージ 2

 
 
教皇庁 教理省 『生命のはじまりに関する教書』
 
人間の生命は、神からの賜物
 
生命は、創造主であり父である神が、人間に委ねた賜物であり
そのはかりしれない価値に対して感謝し
与えられた課題に対して責任を取ることは、人間の使命である
 
愛であり生命である神は
人間を、ご自分の似姿として創造し、男と女に創造し
ご自身の創造の業と、ご自身との人格的な交わりの神秘に
特別な形であずかる使命を、男女の本性に刻み込まれた
 
神からの賜物である人間の生命は
結婚における夫婦の人格と、その一体性に刻み込まれている法に従って
第三者が排斥される夫婦間の特定の営み(性交渉)を通してのみ
生み出されるべきものである
 
人間の生殖について
 
胎児に対して、真に責任ある生殖とは、結婚の実りとしての生殖である
1つの新しい生命の誕生は
父親と母親が、創造主の力と協力することによって行われ
互いに与え合う夫婦の愛と忠実のしるしであるべきであり
その実りであるべきである
 
結婚によって結ばれる夫婦間の忠実には
2人が、相手を通してしか、父親や母親にはなれない
という権利を尊重し合うことが含まれる
 
子供は
結婚している両親によって受胎され、生まれ、育てられる権利を有する
親にとって子供は
自分たちが互いに与え合ったことの証拠であり完成である
子供は、親の愛の生きたイメージであり
夫婦の絆を永続的に示すしるしであり
彼らが親たることを解消不可能な形で表現するものである
 

受精卵、それは人間である
 
人間は、その存在の最初の瞬間から、人間として尊重されるべきである
 
卵子が受精した瞬間から
父親や母親のそれとは異なる1つの新しい生命が始まる
それは、自分自身の成長を遂げる、もう1人の人間の生命である
受精の時にすでに人間になるのでなければ
その後において、人間となる機会はありえないであろう
 
受精卵は、人間として扱われるべきでり
医療に関して言えば、他の人間と同様に
世話と看護を受けるべきであると言える
 
胎内診断について
 
胎内診断は、受精卵を傷つけることなく、その生命を尊重し
個人としてのその保護や治療のために行なわれるのであれば
容認される
 
しかし、結果によっては中絶する、という意図をもって行なうのであれば
胎内診断は、道徳律に対する重大な背反となり
重大な不法行為を行なうことになる
 
診断が、死刑の宣告となってはならない
 
遺伝病のキャリアや異常のある胎児を排除するために
妊婦に胎内診断を受けさせることは
胎児の生きる権利の侵害であり、両親の権利と義務の濫用である
 
体外受精による受精卵について
 
体外受精による受精卵も、人間であり、権利の主体である
 
体外受精の場合、全ての受精卵を母胎に戻すわけではなく
そのうちのいくつかは処分されるのが常となっているが
教会は、人工中絶を断罪するのと全く同様に
これらの人間の生命を絶つことを認めない
 
母胎に戻されず、「スペア」と呼ばれる受精卵は
残念な運命にさらされる
安全な生存の可能性は、それらの受精卵には与えられないからである
 
受精卵の凍結は
たとえそれらの受精卵の生命を保存するために行われるにしても
人間の尊厳に反するものである
 
体外受精について
 
体外受精は
体外で行なわれるという、まさにその事実によって
夫婦のペルソナとしての一体化の意味や価値
互いの人格的な愛の『肉体の言葉』(性行為)を通しての表現の意味や価値を
失わせるものである
 
体外受精は、夫婦間の性行為の代替とはならない
体外受精は、夫婦の体の外で、第三者の手によって行なわれ
その成功いかんは、第三者の能力と技術にかかっている
 
このような方法は
受精卵の生命とアイデンティティーを
医師と生物学者の手に委ね
人間の生命の始まりと運命を、科学技術の支配下に置くものである
このような支配関係は
両親と子供が共通して持っている尊厳と平等に反する
 
したがって、配偶者間の体外受精の場合
たとえそれが事実上存在する夫婦の性行為の
前後関係の中で位置づけられたとしても
人間の生殖は、客観的に見て、その完全性を失ってしまう
 
人工授精において
精液はふつうマスターベーションによって得られるが
このことは、夫婦行為の分裂のしるしであり
それが生殖を目的に行なわれるとしても
そこには夫婦の一体化という意味が失われる
 
このような受胎のあり方は
たとえ受精卵の死を避けるために、あらゆる注意が払われたとしても
その方法自体が不法であり
夫婦の一体性と、生殖の尊厳に反するものである
 
教会は、今も
配偶者間の体外受精に対して
倫理的立場から反対する

なお、体外受精による人間の受胎方法は認められないが
生まれてくる全ての子供は
神からの賜物として受け入れられるべきであり
愛のうちに育てられるべきである
 
非配偶者間の人工受胎について
 
このような人工受胎は、結婚の絆に反し
夫婦の尊厳に反し、親のもつ特別な使命に反する
 
第三者の精液や卵子を用いることは
夫婦の絆の侵害であり
結婚の本質的な特徴としての、夫婦の一体性を損なうものである
 
また、それは
結婚によって結ばれた夫婦から
自分が受胎され、生まれる、という、子供の権利にも反する
 
このような人工受胎は
子供から、通常の親子関係を奪い取り
その人格的なアイデンティティーが成熟するのを妨げる
 
さらに、それは
共に親になる、という夫婦の使命にも反する
遺伝学上の親と、生みの親とが、別々になってしまうことは
子供を得るという、夫婦行為の統一性と完全性を
客観的に失わせることを意味する
家庭の一体性と安定性を脅かすものは
社会生活における争い、無秩序、不正の源ともなるのである
 
それゆえ、非配偶者間の人工受胎について
夫以外の提供者の精液による妻の受胎や
夫の精液による、妻以外の卵子を用いた受胎は
どちらも倫理的に認められないし、正当化されえない
 
体外受精以外に不妊症を克服する手立てのない夫婦が
自分たちの愛の結晶としての子供をもうけたい気持ちは
動機として十分に理解できるが
主観的によい動機に基づくからといって
非配偶者間の人工受胎が認められるわけでもない
 
なぜなら、それは、結婚の客観的な特性を損なうものだからであり
子供と両親の譲りえない権利を損なうものだからである
 
代理母について
 
非配偶者間の人工受胎が認められないのと同じ理由で
代理出産もまた否定されるべきである
 
代理の母親を使うことは
結婚の統一性と人間的な生殖行為の尊厳に反する
 
代理母を使うことは
客観的に見て、母親の愛と責任を果たさないことになり
夫婦間の忠実という義務を果たさないことになる
 
また、自分の親により受胎され、生まれ、育てられる
という子供の権利と尊厳にも反する
 
さらに、代理出産は
家庭における血縁的つながりと、心理的、道徳的つながりの間に
分裂をもたらし、家庭の本来のあり方を阻害するものである
 
不妊について
 
親が、子供を持ちたい、と願うのは当然のことである
しかしながら、結婚によって
子供を得る権利が、夫婦に与えられるわけではなく
ただ、本性上
生殖に向けられている自然の行為を営む権利のみ与えられている
 
子供は、最高の賜物であるが
子供は、それに対して親が権利を持つ対象ではないし
所有の対象とみなされうるものでもない
 
不妊という悲しい状況に置かれた夫婦は
霊的な実りの源である、主の十字架に
特別な形であずかる機会を見出すよう、呼びかけられている
 


イメージ 3


聖ヨハネ・パウロ2世教皇
 
たとえ子供を産むことが不可能な場合でも
そのために夫婦生活は、その価値を失うわけではありません
実際、肉体面での不妊は
人間の生命への他の形での重要な奉仕への契機となりえます
たとえば、養子を受け入れたり
種々の教育活動に携わったり
他の家族や障害児や貧しい子供たちを
助けたりするようなこともできるようになるでしょう 


 
↑↑↑URLをぽちクリっとねヾ(。◕‿◕)ノ凸↑↑↑


閉じる コメント(23)

顔アイコン

私は人口受精も??と言う気分になります。
自然に反している気がして。

かと思うと、出生前診断で赤ちゃんに遺伝的な問題があると
中絶してしまう。
恐ろしい世の中です…

2016/9/19(月) 午後 8:04 [ 真実 ]

顔アイコン

結婚していないけれど、妊娠されたときは、出産することを
一番大事な事として選んで欲しいと思います
マザー・テレサが創設された「神の愛の宣教者会」は日本にも
あって、シスターたちが親身に相談にのってくださると
思います

2016/9/21(水) 午後 9:02 ニール

ニールさん、ありがとうございます
そーでしたかぁ
村ポチもありがとうございます

2016/9/23(金) 午後 0:39 Benedictus

通せんぼさん、ありがとうございます
本当にその通りですね

「人工授精、夫婦間ならともかく」
その箇所について、記事の字数制限で書き書きできませんでしたけど

2016/9/23(金) 午後 0:40 Benedictus

通常の夫婦の営みの補助として
人為的な技術的手段を用いて
その自然な目的を達成させるためのものであれば
倫理的に許容される、というのが教会の見解です

また、夫婦間であっても、通常の夫婦の営みを伴わない行為
つまり、マスターベーションによる採精を
夫婦行為の代替としてなすものであれば
倫理的に許容されない、というのが教会の見解です

つまり、夫婦間の一致の表現である性交渉から切り離された人工授精は
倫理的に認められない、ということです

2016/9/23(金) 午後 0:40 Benedictus

日付について誰かが指摘するかな〜と思いつつ
様子見てましたけど、早めにコメったほーがよかったみたいですね
すいませ〜ん

2016/9/23(金) 午後 0:40 Benedictus

真美さん、ありがとうございます
人工授精も、上記コメの2種類があり
教会も許容する種類の人工授精がある、というのは知っておくとよいと思います

日本では出生前診断の結果で中絶というケースが頻発しています
本当に恐ろしい殺人が
しかも最も弱く小さい人に対して、容赦なくなされているという事実は
新しい生命の始まりにとって最大の不幸です

2016/9/23(金) 午後 0:41 Benedictus

ニールさん、ありがとうございます
本当にそうですね

早まらず、生命の大切さを考慮して
夫婦のかけがえのない大切な愛の結晶である子供の成育を
最優先にしていってもらいたいと思います

2016/9/23(金) 午後 0:41 Benedictus

内緒さん、村ポチありがとうございます
はぃ〜

2016/9/23(金) 午後 0:41 Benedictus

ないしょさん、こんにちは&ありがとうございます

「子供がいないなら、一般的には養子を受け入れることもできるし、
何らかの教育者として、子供たちの心を育てることもできますね。

そしてキリスト者は、司祭やシスターのように、
恩寵の父、恩寵の母となって、たくさんの霊魂を養うことが可能です。

神の知恵で育てられた子供は、環境の差異に問題がなく、
実際、最も恵まれています。
子供たちのために、体外受精より養子を受け入れてくださるよう祈ります。」

本当にそうですね
夫婦だからといって倫理的に許容されない手段にうったえるのでなく
その他の愛徳を選び取ることができるよう祈るばかりです

2016/9/23(金) 午後 0:42 Benedictus

ないしょさん、URLありがとうございます
その件はすでに見て知っていました
その管理人はあちらPサイドで偏見と主観が際立ってますので
Wikiのほうを見ると時系列での客観的解説があるのでよいと思います
Wikiのほうを見れば、そのサイトとのコントラストがよく把握できます

情報が錯綜している場合
「霊を消すな」と勧告した聖パウロと
その師が示したガマリエル的慎重さ(使徒5,34-39)を参考にするとよいでしょうね

2016/9/23(金) 午後 0:42 Benedictus

私的啓示は、おもに3種類あります
覚醒時および睡眠時(夢)に、明確な出現を伴う語らいもあれば
内的語らいのみのものもあれば
祈りの際に注がれるインスピレーションもあります

2016/9/23(金) 午後 0:42 Benedictus

『私たちが1つであるように、彼らも1つとなるように』
と祈られたキリストご自身が、教会の一致を望んでおられます

教会一致に関して鼓舞された聖公会司祭パウロPaul James Wattsonは
全てのキリスト教会の一致のためのインスピレーションを受けて
聖公会でアトンメントのフランシスコ会を創立し
教会一致運動を興し、教会一致祈祷週間を始め
やがて、聖ピオ10世教皇に受け入れられて、カトリックとなりました
パウロ司祭が始めたキリスト教一致祈祷週間は
ベネディクト15世教皇によって、カトリック教会全体に、その遵守が命じられました

この実りからすれば
当時、聖公会に所属していたパウロ司祭が受けたインスピレーション(私的啓示)は
天来のものであったことがわかります

2016/9/23(金) 午後 0:43 Benedictus

私的啓示に対するスタンスとしては以前の記事に記載したとおりです

「もちろん、公認されていないから、その出現を頭ごなしに否定する
という『拒絶』のスタンスでいる必要もなく
個人的に、「これは天来のものに相違ない」と把握できたとしても
教会の判断を飛び越えて
なんらかのアクションをしなければならないという必要もありませんが
両極端にならない中庸的慎重さは常に必要です

教会権威でさえ長い調査を要しますから
聖母出現の正当性は、個人が性急に判断することではありません

まして、一個人の誰も、『聖母出現の裁判官』に 任命されてなどいません

信者にとっては
公認されていない出現を追いかけるよりも
すでに公認されている聖母出現の内容を学んで深めていくことが
誤った道に迷いこまないためには肝要です」

2016/9/23(金) 午後 0:43 Benedictus

フェイスブックの仕組み自体よくわからないですけど
友達数上限は5000人までになってるみたいで
それと関係があるんですかね?
ん〜なんとも言えません

2016/9/23(金) 午後 0:43 Benedictus

ナイショさん、こんにちは&ありがとうございます

「いろんな思いの方がいらっしゃると思うので内緒で失礼します。
私は子供に恵まれたので
子供の授からない方の気持ちはわからないですが・・
夫の父の子・・ですよね
どちらも承諾しての事なんですよね・・
なんだか近親相姦みたいで聞いただけで拒否反応を感じました・・
愛する人の子供が欲しい・・
そう思っているはずの女性が愛する人以外のましてや父と思う人の子供を・・・
強姦されたようなショックな話でした・・
ごめんなさい変なコメントになってしまいました」

とても参考になるコメです
ありがとうございます

ある意味、義父との交わりみたいなものですから
拒否反応はたしかに感じるでしょうね
僕がもし女性で、誰かの奥さんであるなら
「そこまではしたくない」と考えて拒絶すると思います

2016/9/23(金) 午後 0:44 Benedictus

ないしょさん、こんばんは〜

コメがはじかれるのはなんなんでしょうね
僕もよくわかりません

わからない時は気にしないことが一番です

偏った情報はあふれてますので
それを識別するための参考になればと思ってます

2016/9/24(土) 午前 1:23 Benedictus

教皇庁が『遠回しな受容』姿勢を示すものを
あえて積極否認する必要はない、ということは確かなことです

『あなたたちに反対しない者は、あなたたちの味方である』

この主の御言葉が
私的啓示の真偽についての1つの示唆を与えてくれます

信仰と道徳においてペトロに反対しない私的啓示は
カトリック教会の味方となるものであり、天来のものである可能性がありえます

ただし、人間の自由意志の浮動性により
善に固着したままでいることも、また、善を拒むこともあるでしょうから
その時点において、全てを確定的に、それと断定することはできかねます

そのため教皇庁も
この件に関して『遠回しな受容』姿勢でおさえているのだと思います

このような視点に立った中庸さのうちに歩めば
先入観や偏見に満ちた誤断や裁きの危険に陥ることもないでしょうね

私たちは神の愛の反映となるべきで
裁きよりも憐れみを、排斥よりも受容を、厳格さよりも寛容さを身にまといつつ
全てを、より大いなる霊的善に役立たせていくことができると思います

いつもありがとうございます

2016/9/24(土) 午前 1:23 Benedictus

単なるひとりごとコメですが。。

FAMILYという単語は、なんだか素晴らしいですね

『お父さんもお母さんも、あなたを愛していますよ』
との子供への呼びかけの表現と言われていますよね

Father and Mother,I Love You.

ちょっとかなりこじつけ解釈になっちゃうかもですけど
『We』Love You でなく『I』Love You となってるとこが
まるで「男は父母を離れて、妻に結ばれ、2人は1体となる」(創世記2,24)
との夫婦の一体性、子供への一致した愛を示しているようです

だから何?ってツッコミが入りそうですが
ただそれだけです〜

2016/9/24(土) 午前 1:44 Benedictus

ないしょさん、おはおはです

識別の参考にしてもらえてよかったです

しばし更新や他記事の返コメは放置状態にしますけど
また時間みつけてちょこちょこっとしたりしますね

お祈りもありがとうございます
助かります〜

いつもありがとうございます

2016/9/26(月) 午前 8:03 Benedictus


.

ブログバナー

Benedictus
Benedictus
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

最新の画像つき記事一覧


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事