教皇聖下の意向✿

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2017年 教皇聖下の祈りの意向
(1月から6月まで)
 
フランシスコ教皇聖下は
2017年からの毎月の祈りの意向について
基本的に1つの祈りの意向を据えて
毎月第1主日に『当月の喫緊の意向』を追加表明する
そのような形に変更されました
 
 


1月 キリスト者の一致
 
全てのキリスト者が
教会的交わりの回復のために
祈りと兄弟愛のうちに努めることによって
また、人類が直面する取り組みに連携するために
協働することによって
主の教えに忠実なものとなることができますように
 
1月の喫緊の祈りの意向
 
これほどまでに冷え切った大寒波の日々に際して
私は、厳しい寒さや、しばしば無関心にさらされている
道端で生活する全ての人々に想いをよせるよう
みなさんを招きたいと思います
私たちは彼らのために、主に向かって祈りをお捧げいたします
彼らを支援するよう、人々に温かい心を、主がお与えくださいますように

 


2月 苦悩する人々のための慰め
 
苦悩する人々、特に、貧困者、難民、軽んじられた人々が
彼らを迎え入れてくれる居場所を見出すことができますように
また、私たちの共同体において、慰めを受けることができますように

 
2月の喫緊の祈りの意向
〜生命の神聖さ〜
 
使い捨ての文化の論理が横行する中にあって
共に生命の文化を推進させていきましょう
 
私たちは
妊娠中絶の危険のさなかにある
子供たちのために祈ります
それに加えて
人生の終わりを迎える人々のためにも祈ります
 
1人ひとりの生命は神聖なものです!
 
そのため
誰も遺棄されたりしてはなりませんし
また、愛によって、生命の重要性が擁護されなければなりません

 

 
3月 迫害されるキリスト者たちのためのサポート
 
迫害されるキリスト者たちが
全教会からの、祈りや実際的な支援によって
サポートを受けることができますように

 
3月の喫緊の祈りの意向
 
アリッチャにおける3月10日金曜日まで行なわれる
静修(黙想会)に参加する私と私の協力者たちのために祈りを捧げてください
 


 
4月 青少年たち
 
青少年たちが、彼らにおける種々の召命に
寛大に応えることができますように
また、司祭職、もしくは、奉献生活において
神に彼ら自身を捧げることについての真摯な熟考のうちに
寛大に応えることができますように


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4月の喫緊の祈りの意向
 
コロンビアの土石流被災者たちのために
コンゴ民主共和国、ヴェネズエラ共和国、パラグアイ共和国の平和のために




 
5月 アフリカのキリスト者たち
 
アフリカのキリスト者たちが
憐れみ深いイエズスに倣い
和解、正義、平和のための預言的証し人として
自らを差し出すことができますように



 
6月 各国のリーダーたち
 
各国のリーダーたちが
多くの罪のない人々を犠牲にする武器の取引を終わらせるために
彼ら自身の確固とした約束を果たすことができますように
 


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フランシスコ教皇聖下
 
神の優しさと、その愛のふるまい
 
主は、私たちを探すことを決しておやめになりません
神は、私たちを救うためなら、どんなことでもなさいます
 
主は、私たちを断罪するために来られたのではなく
私たちを救うために他なりません
 
主は、私たちを個別的に、その各々を愛しておられます
主は、私たちの名をご存知であり
私たちがどのようなものであろうとも、私たちを愛しておられます
 
失われた羊は、コンパスを持たず
病んだ心を持っています
 
失われた羊は、主から遠くに走り去り
その内なる暗闇を満たそうとします
 
主は、そのような状態の羊のこともご存知であり
その失われた羊を探し求めることを決して怠りません
 
ユダに対する主の忍耐強い姿勢は実にシンボリックです
 
福音において、ユダは完全に失われた羊であり
いつも他者のうちに何らかのあら探しをするような辛辣な心をもち
いつも主の意向から離れていました
 
彼は他者への優しさを知ろうともせず
不満に満ちていた人でした
 
ユダは、その心の暗闇のうちに
群衆への思いやりから、かけ離れていたからです
 
そのような暗闇は、往々にして
人を二重生活へと導きます
 
痛ましいことに
多くのキリスト者は
司祭でさえ、そして、司教でさえも
その同じ暗闇に導かれて、二重生活を送っています
 
ユダ自身、最初の司教たちの1人であったのです
 
プリモ・マッツォラーリ司祭は
(※聖ヨハネ23世から『聖霊のトランペット』と称された司祭)
失われた羊としてのユダについて、こう問いました
 
「兄弟ユダよ、おまえの心で何が起こっていたのか?」
 
私たちは、失われた羊のことを理解する必要があります
私たちも、各々が
失われた羊としての『何か』を、それぞれもっているからです
 
その『何か』とは、多くの過ちというよりも、むしろ心の病であり
私たちを迷える羊にさせるもの、悪魔が蝕むものです
 
それは、ちょうど、ユダが
その心のうちに分けられていったようなものです
 
最終的にユダは、彼自身の二重生活によって
共同体に危害を加えることとなりました
 
彼が自分で蒔いた悪を見た時
彼の心の暗闇のゆえに、そこから走り去りました
 
彼は光を探しましたが
主の光を探したのではなく
クリスマスデコレーションのような飾られた偽りの光に向かい
絶望の中に飛び込んでいったのです
 
主は善良な御方であり
彼は失われた羊を探すことを、決しておやめになりません
聖書は、そのように私たちに教えています
 
ユダは自分の裏切りを後悔して首を吊りました
 
主は、聖書における、この「後悔」という文言から
彼をそれ相応にあしらわれたと、私は信じています
 
そのような霊魂に対しても
神の愛は、その最期の瞬間に至るまで
回心のための働きかけをなされておられたのだと思います
 
これは、私たちへのメッセージであり
誠実に悔い改めようとする私たちに
再び喜びがもたらされるという良い知らせです
 
ですから私たちは
主のうちにこそ、慰めを見出すように努めるべきであって
その他の慰めに向かう逃避主義者になってはならないのです
 
イエズスが、失われた羊を見出された時
彼は、その羊に咎められるべきことが多いからといって
その羊を侮辱したりしません
 
イエズスは、オリーヴの園で
裏切りと卑怯なふるまいをなすユダに対してさえ
「友よ」と呼びかけられました
 
これは神の想いやりです
 
この主の想いやりを知ろうとしない人は
キリスト教の教義を知らないままです!
 
主の想いやりを受け入れようとしない人は
失われてしまいます!
 
私たちが見出すべき慰め
それは、神の優しさです
 
神の優しさ
それは、私たちを救い
その教会のふところに、私たちを立ち帰らせてくれます
 
主が、私たちに
私たち自身の罪を真摯に認めさせる恩寵をお与えくださいますように
そして、その優しさをもって
私たちに真の慰めをもたらしてくださいますように
 


 
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閉じる コメント(3)

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1月の喫緊の祈りの意向を記事に追加して
くださったんですね
ポチもしました

2017/1/12(木) 午前 2:26 ニール

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ひとことが変わりましたね

こころの暗闇から2重生活にならないように
注意したいと思います

2017/1/31(火) 午前 0:30 ニール

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妊娠中絶の危険のさなかにある
子供たちのために祈ります

2月だけでなく、よくこのようにお祈りしています

2017/3/17(金) 午前 4:43 ニール


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