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2017年 教皇聖下の祈りの意向
(7月から12月まで)
これらの毎月の祈りの意向に
『当月の喫緊の意向』が追加表明される場合もあります
7月 キリスト者としての信仰から遠ざかった人々のため
信仰から離れてしまった私たちの兄弟姉妹たちが、私たちの祈りと福音の証しを通じて、主の憐れみに満ちた親しみと、キリスト教的生活の美を、再び見出すことができますように。
8月 アーティストたちのため
私たちの時代のアーティストたちが、彼らの才気を通じて、全ての人々に、被造物の美についての気づきを、促すことができますように。
9月 宣教奉仕における小教区教会のため
宣教の精神によって活気づく私たちの小教区教会が、信仰と愛徳の目に見える交わりの場となることができますように。
10月 労働者たちや失業者たちの正当な権利のため
全ての労働者たちが、ふさわしい敬意をもって扱われ、その正当な権利が守られますように。また、失業者たちが、共通善に貢献する機会を適切に受けることができますように。
11月 アジアにおける福音の証し人としてのキリスト者たちのため
アジアのキリスト者たちが、その言葉と行ないにおいて、福音の証しをもたらすものとなり、特に他宗教の人々との対話と平和、そして相互理解を推進することができますように。
12月 高齢者たちのため
各家庭やキリスト教的共同体によって支えられる高齢者たちが、信仰伝達や新しい世代の形成のために、彼ら自身の智恵と経験を活かしていくことができますように。
フランシスコ教皇聖下
キリスト者に星占いなどは必要ありません
神は、75歳のアブラハムに、自分の国、故郷、父の家を離れるよう命じられ
アブラハムは、主が導かれるままに歩みました
ここに、キリスト者としてのライフスタイルを見出すことができます
そのライフスタイルには、3つの特質があります
それは、自己放棄、約束、祝福です
キリスト者になる、ということには
自分自身から抜け出すという特質が、いつも、含まれています
それは、十字架上のイエズスご自身の自己放棄の反映となるものです
自己放棄
「あなたの国、あなたの家族、あなたの父の家を離れなさい」
そこには、いつも、前に進んで行く必要性が示されています
その初めの一歩を踏み出す必要性が示されています
旧約聖書や福音書には
前に進んで行くよう呼びかけられた預言者たちや弟子たちについての
種々の物語やエピソードの記述で満たされています
キリスト者は
神のために、執着を捨てて、自分自身さえも放棄するほどの
キャパシティを持たなければなりません
そうでなければ、本物のキリスト者とは言えません
約束
アブラハムは、信仰のうちに、主に従いました
彼は、神が約束された地を受けるため
未知らぬ土地へと出て行きました
キリスト者は
未来を予測するための星占いを読んだりはしません
キリスト者は
水晶や手相をのぞきこむ占い師の助言を求めたりもしません
キリスト者は
神がその約束の成就を示された小道に
神によって導かれるままに、彼自身をまかせます
私たちは、男性であれ女性であれ
アブラハムが新しい土地に向かって歩んだように
神の約束に向かって歩んでいます
アブラハムは家を建てず、テントをもうけ
神を信頼して、その旅路を歩む姿を示してくれています
彼は、主に礼拝を捧げるための祭壇をもうけては歩みを続けました
彼は、いつも、前に向かって進みゆく人でした
キリスト者としての旅路は
毎朝、新たに始められます
主に信頼をよせて、多くの予期しない出来事にも心を開きます
予期しない出来事には
自分にとって、良いこともあれば、悪いこともあるでしょう
しかしながら、私たちは、いつも、それらに心を開いていなければなりません
というのも、私たちは、神が私たちを安全な場所に連れ行くために
神が私たちのために特別にあらかじめ備えていてくださる地に連れ行くために
それらの出来事が起こるのをお許しになるからです
祝福
キリスト者としての他の特徴とは
彼もしくは彼女が、いつも、祝福をもたらすものとなる
ということです
キリスト者は
主ご自身のことや、他者のことについて
どのような時も、善良に語ります
そして、彼らの歩む小道を前進することができるように
いつも、神の祝福を求めます
これこそ、キリスト者としての生活パターンです
なぜなら、全てのキリスト者は、どのような平信徒も例外なく
他者を祝福し、神や他者について良く話さなければならないからです
あまりにもしばしば
私たちは、私たちの隣人についての悪口を話しがちです
神が、私たちの父アブラハムにおいて示された
生活のための教訓に従おうとする代わりに
私たちは、悪いことのために
私たちの舌を、あまりにも激しく振り動かし過ぎです
立ちどまらずに前に進んで歩み続けること
主があしらわれるままに、私たち自身から抜け出すこと
主の約束に信頼すること
祝福のうちに品行方正でいること
キリスト者としての生活を深めることは
実に、このようにシンプルなものです |
教皇聖下の意向✿
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いつも何度でも自分にこのように戒めなければと
思います
全てのキリスト者は、どのような平信徒も例外なく
他者を祝福し、神や他者について良く話さなければ
ならないからです
あまりにもしばしば
私たちは、私たちの隣人についての悪口を話しがちです
2017/7/3(月) 午後 10:09
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ニールさん、コメコメありがとぅございます☆
内省的なニールさんはなんら問題ないでしょうけれど
自浄作用が機能していない良心の麻痺した方々は意外に多いようです
教皇様は「平和、平和と叫びつつ、その一方で、噂話や陰口といった言葉の武器で、共同体の兄弟姉妹を傷つけて、共同体を地獄に変えてしまっている人々がいる」「あちこちにゴシップの爆弾を放り投げている人々がいる」といった指摘をたびたび繰り返していますね
本来、言われなくても気をつけなければならないことですが
言われても軽く聞き流してしまうというのはかなり問題でしょうね
「悪いことのために、私たちの舌を、あまりにも激しく振り動かし過ぎ」
この教皇様の表現に、ちょっとウケてしまいましたけど
たしかにそんな感じなんだろうなと思います
神様から与えられた賜物である舌を濫用して
この地上に憎しみや不幸を助長する道具とするのではなく
愛の霊である聖霊の恩寵のうちに、舌を善用して
この地上に想いやりや幸いを伝達する道具としていきたいところですね☆
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2017/7/8(土) 午前 9:41