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『あなたたちも用意していなさい。
人の子は思いがけない時に来るからである』
(ルカ 12,40)
聖アルフォンソ・デ・リゴリオ司教教会博士
5.死の時は不確実である
①死の時は不確実であり、死はほとんどいつも不意に訪れる
私たちはみな、死ななければなりません
これは絶対に確かなことです
それでは、いつ死ななければならないでしょうか
私たちはそれを知らないのです
イディオタは言いました
「死ほど確かなものはない。けれども死の時ほど不確実なものはない」
兄弟よ、あなたと私がこの世を去って
永遠の世界に入るべき、年、月、日、時間、瞬間は
既に決まっているのです
しかし、私たちは、それについて何も知りません
そのため、イエズス・キリストは
私たちに、いつも準備しておくように求めておられるのです
聖パウロは
死が、こっそり来るべきことを告げられました
「主の日は、夜の盗人のようにやって来る」(1テサロニケ 5,2)
イエズス・キリストは、私たちの思いがけない時に訪れて
私たちをお裁きになることから
つねに目覚めているよう命じられました
『あなたたちも用意していなさい。
人の子は思いがけない時に来るからである』(ルカ 12,40)
聖グレゴリオの言うところによれば
神が私たちに、死の時を隠されたのは、私たちのためです
「神が私たちを、この不確実の中に残されたことにより
いつも、死に備えさせようとお望みになられたからです」
このように死は、いつ、いかなるところで
私たちの生命を奪い去るかしれないのですから
私たちは、いつも、どこにおいても
死を待っていなければなりません
聖ベルナルドは言いました
「死は、いたるところで、あなたを待っています
それゆえあなたも、いたるところで死を待たなければなりません」
私たちは、死ななければならないことをよく知っています
しかし不幸なことに、大部分の人は
死を遥か遠くに押しやって
これを見ないようにするのです
どんなに老いぼれた人も
どんな重病にかかっている人も
まだ、3年4年は生きられるだろうと思っています
しかし、今日、今この瞬間にも
どれだけ多くの人が、不意に、死を迎えていることでしょうか
ある者は、静かに座ったまま
ある者は、歩きながら
ある者は、眠りながら
死の門をくぐっているのです
これらの人々のうち、誰一人として
このような不意の死を遂げるなどと思ってもみなかったでしょうし
また、彼らが死んだ日に、まさか死ぬなどとは考えもしなかったでしょう
今年、この世を去った人々のうち、1人も、今年死ぬことを
こんなにも早く命の終わりを迎えることを想像したものはいなかったでしょう
実際、ほとんどみな
思いがけなく死を迎えたのです
兄弟姉妹であるキリスト信者よ
悪魔があなたに向かって
「明日、告白すればよいではないか」と言いながら
罪を犯すよう、あなたをそそのかす時
あなたは悪魔に向かい
「今日のこの日が、私の一生の最後の日であるかもしれないではないか」
と答えてやりなさい
もしも実際に、自分が神を裏切ろうとしているこの時が
自分の一生の最後の時であったとしたら
あなたにはこの世で償いをなす時はないことになります
そうなれば、永遠の世界において
あなたの運命は、いったいどうなるでしょうか
どれほど多くの罪人たちが
有毒な快楽を味わっている時、死に見舞われて
永遠の地獄へと堕ちていったことでしょう
「誰も自分の時がいつ来るかを知らない
魚が不運な網にかかり
小鳥が罠にかかるように
人の子らもまた、災いの時が突然襲うと
それにかかってしまう」(コヘレト9,12)
「災いの時」とは
罪人が神に背いている時と解釈すべきです
悪魔は言うでしょう
「大丈夫だ。あなたはそのような不幸に陥ることは決してない
神は憐れみなのだから、安心して、今は罪を楽しむがよい」
しかしあなたは自問しなければなりません
「もし、私が、神の憐れみを濫用した上で、罪を犯し
不意に死に見舞われる不幸に陥れば
私の永遠の運命はいったいどうなることだろうか
不意に悔い改めないまま死んでしまえば
私の住まいは永遠に地獄ではないか。永遠に!」
生ける神の御手に落ちることは恐ろしいことである
(ヘブライ10,31)
もっと悪いことが、あなたに起こらないように
もう罪を犯してはいけない
(ヨハネ5,14)
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