1030 Illi qui in gratia et amicitia Dei, sed imperfecte purificati, moriuntur, quamquam suae aeternae salutis sunt certi, post suam mortem patiuntur purificationem, ut sanctitatem acquirant necessariam ad caeli gaudium ingrediendum. 神の恵みと親密さのうちにある人々であろうとも、不完全な浄化のままに死を迎えるならば、永遠の救いが確保されているにしても、死後に浄化を受ける。 このようにして、それらの人々は、天国の喜びに入りうるために要する聖性を獲得するのである。 1031 Ecclesia purgatorium hanc finalem appellat electorum purificationem quae prorsus a damnatorum poena est diversa. Ecclesia doctrinam fidei relate ad purgatorium formulavit, praecipue in Conciliis Florentino et Tridentino. Ecclesiae Traditio, se ad quosdam Scripturae textus referens, de igne loquitur purificatorio: 教会が、『煉獄』と呼ぶのは、選ばれた人々に要求される、このような最終的浄化のことを言う。これは、永遠に断罪された人々が受ける地獄の苦罰とは、全くもって異なる。 教会は、信仰箇条として、煉獄に関して、特にフィレンツェ(DS1304)とトリエント(DS1820)の公会議において、規定した。 教会の聖伝によれば、浄化の炎について語られた、聖書の若干のテキストを、これに適用させている。 « De quibusdam levibus culpis esse ante iudicium purgatorius ignis credendus est, pro eo quod veritas dicit quia si quis in Sancto Spiritu blasphemiam dixerit, neque in hoc saeculo remittetur ei, neque in futuro (Mt 12,32). In qua sententia datur intelligi quasdam culpas in hoc saeculo, quasdam vero in futuro posse laxari ». 教皇聖グレゴリウス1世教会博士の解説: «若干の軽微な罪過については、公審判の前に、煉獄の炎があることを信じるべきである。 このことについては、真理そのものである御方が、『聖霊を冒涜する者は、この世においても、来世においても、決して赦されない』(マテオ12,32)と仰せられたことからしても把握しうる事柄である。 主が与えられたこの宣言からすれば、この世の罪過に限らず、来世においてすら赦免されうる罪過が実際にある、ということが理解できるからである» |
死者(煉獄の霊魂)のための祈り
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煉獄というのは復活するまでの状態でしょうか、それとも永遠のことですか。
2006/11/9(木) 午後 2:04 [ kken ]
煉獄は、『最後の審判』がなされる前の、つまり『全人類の復活』前の、神様だけがご存知の、ある一定の浄化期間であり、いわば霊的服役期間のようなものです。死者の霊魂は、そこで完全な浄化を済ませれば、ただちに天国に入らせていただくことができます。人々の果たすべき償いは、千差万別なので、そこから解放される時期もそれぞれ異なります。
2006/11/9(木) 午後 2:21
この状態は、地獄と異なり、永遠ではありません。煉獄の浄化を済ませた霊魂は、永遠に天国の至福を味わうこととなります。そして、『肉体の復活』直後の『最後の審判』の後には、霊魂だけでなく肉体を伴った上で、つまり主キリストによって新たにされた『全人間性』のうちに、永遠に天国の至福を味わうこととなります (◕ฺ‿ฺ◕ฺ✿ฺ)
2006/11/9(木) 午後 2:27
罪を犯した魂は、その罪に対する認識の為にもある程度の期間を必要とする・・ということでしょうか?自分がしたことをキチンと清算する為にも必要な処置であり、その後始めて無垢になって天に行けるのですね。
2006/11/9(木) 午後 10:13
electoro purificatioが「煉獄」と訳されるのですね。難しい訳語。とても勉強になります。ベネ神父いつもありがとうございます。
2006/11/10(金) 午前 0:39 [ 事件帖 ]
taffynady さん、ありがとうございます♪そんな感じでございます('◕ฺω◕ฺ`)正確には、死後ただちに個別的裁き、『私審判』を受けますから、その際、霊魂は自らの全ての罪を、その細部に至るまでを明確に認識・把握して、自分が行くべき場に飛び込みます。それが地獄の場合はそこから永遠に出れませんが、煉獄の場合は受動的浄化のうちに入るため、完全な浄化までにはとてつもなく気の遠くなるような長きにわたって、そこにとどまらなければなりません。
2006/11/10(金) 午前 0:59
ただ、煉獄の霊魂には、地上で生きている人々の祈りや犠牲、そして免償の譲渡(能動的浄化)の助けが与えられることによって、本来服役すべきであった期間を、格段に短縮あるいは恩赦をいただくことができるのです。
2006/11/10(金) 午前 1:09
ですから、神の御言葉は『死者に対しても、恵みの分配をやめてはならない』と仰せになるのです。これをカトリックでは、『聖徒の交わり』『諸聖人の通功』(Sanctorum communionem)と呼んでいます。これは、恵みや功徳の交流・分配を意味しています。煉獄の霊魂の解放のために、特別にお祈りや犠牲、免償の譲渡を実行していた人々には、その死後、煉獄に自分が入った場合に、同様な助けを優先的にいただけるのです。『与えなさい。そうすれば、あなたたちにも与えられる』と言われているとおりです (◕ฺ‿ฺ◕ฺ✿ฺ)
2006/11/10(金) 午前 1:15
事件帖さん、ありがとうございます♪「electorum purificationem」だけで訳すならば『選ばれた人々への浄化』です。「electorum」は『選ばれた人々』「finalem purificationem」は『最終的浄化』です。『煉獄』は「purgatorium」です (u‿ฺu✿ฺ)ベネ信徒です☆゚・:*☆
2006/11/10(金) 午前 1:27
ベネ神父,たいへん勉強になりました。読み違えしていたようです。またラテン語勉強にきま〜す。
2006/11/10(金) 午前 6:36 [ 事件帖 ]
ご回答ありがとうございました。イエス様が住まいをたくさん用意してくだっさっているので追い出されないように頑張ります。
2006/11/10(金) 午後 2:12 [ kken ]
事件帖さん、ありがとうございます♪ラテン語勉強のお役に立てるかはわかりませんが、どぅぞまたいらしてくださいねっ(。・ω・。)♪
2006/11/14(火) 午後 11:13
xtcgg564さん、ありがとうございます♪ そぅですね.。*†*。主に信頼しながら、日々『悔い改めの小道』を歩み、十字架を通って光へ(Ad lucem per crucem)到達することができるよう共に努めてまいりましょうヽ(。ゝω・)ノ☆;:*
2006/11/14(火) 午後 11:23
10年前に三途の川を見てきました エレメンタル体質になりイルミネーションを確認しました ちなみに誕生日は4月13日の金曜日生まれです 144人の選ばれた主かな?謎
2006/11/16(木) 午後 3:41
シバやんさん、ありがとうございます♪そぅなんですかぁ('◕ฺω◕ฺ`)その件について僕はあいにくわかりましぇん(・ω・;A)フキフキ
2006/11/22(水) 午前 7:08
ななたのブログの内容、表現技術の素晴らしさには圧倒されます!・・小生が是非知りたいことは唯一つ、「ラテン語はモトヨリ、日本語としても意味不明な文言を、ただ唱えるだけで有効か?唱えるだけでイイのなら、その理由、根拠は!・・例えば「主の祈り」「御名」が不明であるのに、どうして「聖とされる」ことが可能か?・・「聖とする、聖とされる」は日本語にナイ・・のですよネ!
2012/3/13(火) 午後 4:41 [ アッバ!パパ! ]
ベネさんの上の方のコメントより・・

「煉獄の霊魂の解放のために、特別にお祈りや犠牲、免償の譲渡を実行していた人々には、その死後、煉獄に自分が入った場合に、同様な助けを優先的にいただけるのです。」
そうなんですね
このような事を教えていただいてありがとうございます
台風が近づいていますが、被害がありませんように!
2014/7/9(水) 午前 0:10