1032 Haec doctrina etiam nititur praxi orationis pro defunctis,
de qua iam sacra Scriptura loquitur:
« Unde pro defunctis expiationem fecit [Iudas Maccabaeus],
ut a peccato solverentur » (2 Mac 12,46).
Inde a prioribus temporibus, Ecclesia defunctorum memoriam est venerata
et suffragia pro illis obtulit, maxime Sacrificium eucharisticum,
ut purificati ad visionem beatificam Dei possent pervenire.
Ecclesia etiam eleemosynas, indulgentias et opera paenitentiae commendat pro defunctis:
この煉獄についての教えは、すでに聖書で述べられている、死者のための祈りの習慣に立脚している。
«それ故、{ユダ・マカベオは}死者のための贖いのいけにえを捧げさせた。
それは、彼らを罪から解き放つためであった(2 マカベ 12,46).»
教会は創立当初から、死者の記念を重視し、彼らのための祈りの奉献、特に、エウカリスツィアのいけにえの奉献を推進してきた。そうすることで、彼らが清められて、神の至福直観に到達できるようになるためである。
さらに教会は、施し、免償、悔い改めの業を、死者のためにそれらをなすようにと勧めている。
« Eis ergo opem feramus, et commemorationem eorum peragamus.
Si enim Iobi filios expiabat patris sacrificium:
quid dubitas, an nobis pro eis qui excesserunt offerentibus,
ipsis detur aliqua consolatio?
Ne nos pigeat opem ferre iis qui excesserunt, et pro eis offerre preces ».
(聖ヨハネ・クリゾストモ司教教会博士の解説)
«さぁ、彼らのための働きにいそしみましょう。彼らの記念を実行に移しましょう。
事実、父親のいけにえの捧げによって、ヨブの子らに、贖いがもたらされたのであれば、
この世を去った彼らのための私たちの捧げが、
彼ら自身にとっていくらかの慰めをもたらすであろうことを、どうして疑えましょうか?
ですから、ためらうことなく、この世を去った彼らのための働きにいそしみましょう。
彼らのために祈りを捧げてまいりましょう»
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死者(煉獄の霊魂)のための祈り
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無くなった人たちも、なくなって初めて自分の罪に気がつき、浄化される為に私たちの力を借りたいと思っているかもしれませんね、そのためにも彼らのために祈ることは大切なのでは・・そう思います。
2006/11/19(日) 午前 11:07
たふぃさん、ありがとうございます♪生前忘れていた罪も、死の直後になされる個別的審判において、霊魂は自身の犯した全ての罪を明らかに知ることになります。彼らは、自分が天国に行くにふさわしくないと感じ、行くべき所に飛び込みます。そこが煉獄である場合、徹底的な浄化がなされますが、確かに彼らは『私たちの力を借りたいと思っている』のです(◕ฺ‿ฺ◕ฺ✿ฺ)
2006/11/20(月) 午前 1:50
ですから、助けを必要とする彼らに祈りや免償の助けの手を差し伸べることは、本当に『大切』なことです。この『霊的な慈善の行為』を、思いやりに満ちた『愛徳』を、主は望んでおられます。ですから、あらゆる機会を通じて、彼らを助けてまいりましょう(u‿ฺu✿ฺ)
2006/11/20(月) 午前 1:51
これは個人的な解釈ですが、主は、人々が地獄に落ちることがないように、その人の死の前に、犯した重大な罪を思い起こさせ、最終的な回心(痛悔)の機会を与えられるはずです。
2006/11/20(月) 午後 5:37
それに対してその人が頑強に拒む場合、彼は死の門をくぐって『永遠の地獄』『第2の死』へと自らを打ち棄てます。一方、その人が、その罪の事実を認めて、心から悔い改めて、神に赦しと償いを果たしたい旨を赤裸々に告白するならば、地獄行きは免れて、かろうじてであろうとも、浄化の場『煉獄』に入らせていただけると思います。
2006/11/20(月) 午後 5:38
しかしながら、人は、自分の『死』がいつ訪れるのかを知らないのですから、いつも悔い改めのうちに過ごして、その永遠への準備を整えるべきことは言うまでもありません(もぅ言っっちゃってるけど)(u‿ฺu✿ฺ)☆・゜:*:
2006/11/20(月) 午後 5:38