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Ab origine Deus Se praebet cognoscendum 神は、御言葉によって万物を創り、保ち、ご自身についての恒久的な証明を被造物の中に与えられました。また、至高の救いへの道を開く意図をもって、初めから、人類の最初の親にご自分を現されました。神は、人間を輝かしい気品と正しさで覆いながら、ご自分との親しい交わりに招いてくださいました。 この啓示は、人祖の罪によって中断されることはありませんでした。 実際、神は、人祖の堕落後に、見捨てることなく、贖いを約束して、救いの希望を抱かせたのです。 そして忍耐をもって善を行なう人、救いを求める全ての人に、永遠の生命を与えるべく、つねに人類のことを心に留めておられたのです。 Foedus cum Noe ひとたび人類の一致が罪によって分断されると、神はまず、人類を各民族ごとに救おうとされました。大洪水後のノアとの契約は『国々』すなわち『それぞれの地、言語、氏族に従って』(創世記10.5)まとめられた人々に向けての、神の救いの計画の原理を表しています。 多様な諸民族のこの宇宙的、社会的、宗教的な状態は、失墜した人類の傲慢を抑えるためでした。 事実、人類はその邪悪さから、バベルの塔の建築に見られるように、自力で一つになることを図りました。 しかし、罪の結果、諸民族とその君主たちが、多神教と偶像崇拝に走ることによって、この暫定的な救済計画は、たえず歪曲の危険にさらされました。 ノアとの契約は、諸民族の時代が続く限り、福音が全世界に告げられるまで効力を保ちます。 聖書は、これら諸民族の若干の偉大な人物に敬意を表しています。 たとえば『義人アベル』、キリストの前表である、王であり祭司である『メルキゼデク』、正しい人々『ノア、ダニエル、ヨブ』(エゼキエル14.14)などです。 こうして、聖書は、キリストが『散らされている全ての神の子らを一つに集める』(ヨハネ11.52)まで、ノアの契約に従って生きる人々が、どれほど高度な聖徳に到達しうるかを示しているのです。 Deus Abraham eligit 神は離散した人類を集めるために、アブラハムを選び『生まれ故郷、父の家を離れ』(創世記12.1)るよう促されました。 そして、アブラハム、すなわち、『多くの国民の父』(創世記17.5)としました。 神はアブラハムに向かって『地上の氏族はみな、あなたによって祝福に入る』(創世記12.3)と仰せになりました。 アブラハムから出た民族は、太祖たちになされた約束の継承者、選ばれた民となり、いつの日か、一つの教会のうちに、全ての神の子らが集められるまで、その準備をするよう召されました。 この民が根となり、後に信仰者となった異邦人が、これに接ぎ木されるのです。 旧約時代の太祖たち、預言者たち及びその他の偉大な人物たちは、教会の全ての伝統的典礼の中で、常に聖人として敬われてきましたし、今後もまた敬われてゆくのです。 Deus populum Suum Israel efformat 神は太祖たちの時代の後、イスラエルをエジプトの奴隷状態から解放し、ご自分の民となさいました。 神はシナイ山で、この民と契約を結び、モーゼを通じて、民に『律法(十戒)』を授けられました。 それは、この民が、ご自分を『生きている心の唯一の神』『摂理の父』『公正な裁き主』として認め、神に仕え、約束された救い主を待ち望ませるようにするためでした。 イスラエルは、神の祭司的な民、『主の御名がつけられ』(第二法・申命記28.10)た民です。初めに神の語りかけを受けた民、アブラハムの振興に従う『兄』にあたる民です。 神は、預言者たちによって、その民のうちに救いの希望と、全ての人々にもたらされ、その心のうちに刻まれる(イェレミア31.31-34)はずの、新しい永遠の契約への待望を培われました。 預言者たちの役割は、『神の民の根本的な贖い』『民のあらゆる不忠実な行いの浄化』『全ての国の人々を包み込む救い』を告げ知らせることでした。 この希望を担うのは、特に主の貧しい人々と謙遜な人々です。サラ、レベッカ、ラケル、ミリヤム、デボラ、アンナ、ユディト、エステルのような女性たちは、イスラエルの救いの生き生きとした希望を保ち続けました。 その中でも最も清らかな希望の表象は、マリアです。Purissima huius spei imago est Maria. |

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