すでに話したように、私の独り子の『橋』は、破壊された道を修復し、現世の苦しみを通して、生命に到達することが出来るようにするために必要であった。
ただ地によっては、河を渡って永遠の生命に到達するために、十分な偉大さを築き上げることが出来なかったのである。
なぜなら、人間性の地は、それだけでは過失を償うことが出来ず、全人類を腐敗させ毒したアダムの罪の汚れを取り除くことが出来なかったからである。
それ故、これを永遠の神性である私の偉大な本性に結び合わせ、全人類のために償いを果たすことが出来るようにする必要があったのである。
人間性が苦しみを凌ぎ、この人間性と一致した神性が、つまり、私の子が、私に捧げたあの犠牲を受諾して、死を滅ぼし、生命を取り戻す必要があったのである。
このようにして、至高者は、あなたたちの人間性の地まで降り、これと一致することにより、橋を築き上げ、道を再開したのである。
その道は、人間が、真実に天使たちと共に喜ぶことが出来るようになるための道である。
しかしながら、その永遠の生命を獲得するためには、私の子が橋渡しとなるだけでは足らない。
あなたたちが、この橋を渡らなければならないのである。
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彼の偉大な行為に私たちは恐れをなして彼のようにはなれない・・そう感じてしまったので、示された道を行くことがまだ出来ないでいる。でも、勇気をもってその橋を渡るためにも自分の罪を知り、正義を行わなくてはならないと感じます。
2006/12/14(木) 午前 1:39
何時も純粋な目で物事を見ていられる様いたいものです。 天使の微笑を感じることが出来たら少し成長できたということなのでしょうか。
2006/12/15(金) 午前 0:50 [ hii*agi**aor* ]
記事には直接関係ないですけど、メルギブソン監督の「パッション」あの表現は凄まじいものでしたが、本当はもっと凄惨なものだったと思います あの方がそうであったように「罪を憎んで人を憎まず」そして赦す。そうなりたいと心から願い、必ずかなうと信じています。
2006/12/16(土) 午前 2:51 [ - ]
真実に天使たちと共に喜ぶことが出来るようになるための道である。。。自分も天使達と、喜びを分かち合いたいm(v_v)m
2006/12/16(土) 午後 2:14
たふぃさん、ありがとうございます♪そぅですねっ!十字架の道は、救いに至るための唯一の苦しみ茨の道です。しかしながら、主は、私たちが完全に屈服してしまうような苦しみはお与えにはならず、必ずそれに打ち勝つ力と恵みをもお与えになります。
2006/12/18(月) 午前 0:27
さらに、主は、仮に私たちが罪に陥った(橋から堕ちた)場合にも、『痛悔』によって、回復できる(橋に戻してもらえる)ように、全てをはからってくださいます。
2006/12/18(月) 午前 0:28
ですから、私たちは、いつくしみ深い神の御手に自らを委ねて、聖母マリアの助けと支え、守護の天使の励ましを受けながら、十字架の道を、主と共に信頼のうちに歩むことが出来るのです。
2006/12/18(月) 午前 0:28
私たち単独では価値のない行ないであっても、主キリストの御受難の御功徳に合わせられるならば、永遠の実りをもたらすものとなります。日々、悔い改めの実を結ぶよう努めながら、天上の至福、永遠の生命に到達することができるように、忠実な祈りのうちに歩んでゆきましょう、(◕ฺ‿ฺ◕ฺ✿ฺ)
2006/12/18(月) 午前 0:29
かおるさん、ありがとうございます♪そぅですねっ (*^-^*) 純粋さはとても大切です。眼は『心の窓』ですから、心が清められれば清められるほど、いつも傍にいてくれる守護の天使の微笑を感じることが出来ます。
2006/12/18(月) 午前 0:49
そして、心の清さは、秘跡の恵みの他に、いつも心のまなざしを上に挙げ、祈りのうちに神を仰ぎ見ることによっても、もたらされます。
2006/12/18(月) 午前 0:56
火に近づけば近づく程、その熱によって、暖められるように、祈りによって神に近づく霊魂は、その愛の炎で燃やされ、罪の錆びは削ぎ落とされ、心は愛と優しさで包まれ、神の永遠の生命への道を歩むための力と恵み、支えと助けを効果的にいただくことが出来るのです(◕ฺ‿ฺ◕ฺ✿ฺ)
2006/12/18(月) 午前 0:57
さくらさん、ありがとうございます♪そぅですね「パッション」まさにその通りだと思います。
2006/12/18(月) 午前 1:02
『赦すこと』これは他者とのかかわりにおいて最も重要な位置を占めています。主キリストが、私たち自身の罪の赦しの前提事項として、『主の祈り』の中に盛り込んでおられることからしても、その重要性をうかがい知ることができます。
2006/12/18(月) 午前 1:03
そしてまた、『あなたたちが隣人を心から赦そうとしないならば、あなたたちの父もあなたたちをお赦しにはならない』と仰せられますから、他者への『赦し』そして他者への『憐れみ』、これが私たちにとって最も必要不可欠な事柄であることは明白です。
2006/12/18(月) 午前 1:08
『そうなりたいと心から願い、必ずかなうと信じて』いる、さくらさんの望みはかなえられます。それは神のお望みに合致しているからです。『赦しなさい。そうすれば赦されます』遅かれ早かれ、十全な形で、神に引き寄せられます (◕ฺ‿ฺ◕ฺ✿ฺ)
2006/12/18(月) 午前 1:13
カズさん、ありがとうございます♪ 『天使達と、喜びを分かち合う』ためには・・・この道を歩む以外に術はありません(。ฺ◕‿◕ฺ。)ノ☆・゜:*
2006/12/18(月) 午前 1:21
堕天使の偽りのうちに、この世で快楽と悪に染まっても、死後、堕天使たちの地獄の永遠の憎悪の炎と歯軋りを分かち合うことしかありませんから、むしろ守護の天使の励ましと助けのうちに、この世で悪を避けて善を行なうことに努めて、死後、聖なる天使たちと共に、天国の永遠の幸いと喜びを分かち合うことを選択することこそ、重要です。
2006/12/18(月) 午前 1:33
使徒聖パウロは『天上の喜びに入ることに比べれば、この世の苦しみは取るに足りないものである』という主旨のことを語っています。実際、『天国の門をくぐるためには、それなりの『道』を歩まなければならないのです (◕ฺ‿ฺ◕ฺ✿ฺ)
2006/12/18(月) 午前 1:37