「幸いなおとめマリアの承諾がなければ、」に関しては、承諾を取ったくだりが聖書中にあるのでしょうか? 今までそのことはまったく知らなかったので、「マリアの胎は借りただけ」という解釈でした。
『承諾』は聖書の至るところで見られ、「お言葉どおりこの身になりますように」との幸いなおとめマリアの承諾の言葉から明らかです。
そして、マリアのからだは、物ではありません。胎はからだの一部であり、からだは霊魂と共に、おとめマリアという自由意思を有する1人の人格〜ペルソナ〜を形成しています。
胎を単なるモノ扱いすれば、自ずとその人格をもモノ扱いにするに等しいのです。
神は、人を〜たとえそれが誰であろうと、ちっぽけな弱く卑くとも〜そのようにモノ扱いにはなさいません。その人の自由意思を尊重なさいます。ましてや、強制することなど決してありません。
幸いなおとめマリアには、自由がありました。
このことを理解するためのひとつの事例を挙げます。それは、アダムとイヴの事例です。
アダムは、処女地である土から造られ、イヴは、初めての人間からの人間、いわば両者とも『処女』としての存在でした。
彼らは罪の汚れのない清らかな状態、理性が本能を正しく支配する状態にありました。
〜マリアもおとめであり、神の特別なはからいによって、罪の汚れのない状態でした〜
アダムとイヴは、神から『死んでしまうから、してはならないこと』についての御言葉を受け、自由意思を濫用しないようあらかじめ警告されていました。アダムもイヴも、それをしてはならないこと、それをすると自分たちが『死んでしまうこと』は教えによって把握していました。
アダムとイヴは、彼らからおびただしい子孫が出ることを『生めよ、殖えよ、地に満てよ』のご命令からも、その自分たちの自由行動の重要性及び子孫への影響(自由を濫用すれば死ぬべきものになりはてる事)を把握していました。
アダムもイヴも、罪を犯す犯さないは、自由でした。つまり、神のご命令に忠実に留まる『承諾』をすることも出来れば、そのご命令(要望・お望み)を否んで『拒否』することも出来たのです。
被造物である霊的存在者が、彼らを訪れました。彼は堕天使でアダムとイヴを『死ぬもの』として、自分の苦しみに加えようと彼らを罪へと誘いました。
〜アダムとイヴにとっては、神への忠実を証するためのまたとない絶好の機会であり、神のお望みに『承諾』を与え、悪魔の誘惑を『拒否』することが出来る機会が訪れたのでした〜
彼らは、悪魔の誘惑を『拒絶』して、神のお望みを『承諾』することで、彼らに続く多くの子孫の、『模範・誉れ・永遠の救いの原因』となりえたのでした。
しかし、その結果は、ご存知の通り悪魔の「死なないから、そうせよ。そうすれば死ぬどころか神にさえなれる」との言葉に『承諾』を与え、神の「死んでしまうから、そのようなことはするな」との御言葉に『拒否』を示しました。
こうして彼らは、神のお望みを退け、悪魔の望みを遂行し、自分たちだけでなく、自分たちに続く多くの子孫の『つまづき・恥辱・永遠の死の原因』となり、自分の子孫に原罪(罪の汚れ)の伝播をもたらしたのです。
これが、その悪魔への『承諾』の罪が、『死』を全人類に及ぼした『死の実り』です。
『承諾』の重要性、『承諾』の大切さは、この事例からもおわかりいただけると思います。
『救い』は人類の自由意思における『承諾』にかかっているのです。
人類の歴史の転換期の初めは、アダムとイヴにありました。神の生命に人類を引き入れるご計画は、アダムとイヴによって、被造物である霊的存在者の訪れの後、逆の結果になりました。
それに次ぐ人類の歴史の転換期は、キリストとマリアにありました。新たに、神の生命に人類を引き入れるご計画は、第2のアダムと第2のイヴによって、被造物である霊的存在者の訪れの後、成し遂げられました。
罪において、イヴによる悪魔の言葉への『承諾』が、アダムの堕罪前になされたように、救いにおいてマリアによる天使の言葉への『承諾』が、キリストの受肉・贖罪・過越の御業に先立つことを必要としました。
1人の女が『死』の原因となったように、1人の女が『生命』の原因となることで、人間性の十全な『回復』がなされるように、神がはからわれたのです。
こうして神は、おとめの胎で人間性を身にまとい、『イエズス〜神ご自身で救いを成し遂げる〜』という御名のもとに、全人間性をもって、いにしえの蛇である悪魔の頭を踏み砕き、人類の贖罪の御業を成し遂げられたのです。
マリアは、神のお望みに自由な意思のもとに『承諾』を与え、神の独り子である主イエズスの救いを信じる全ての子らの『信仰と善徳の模範・誉れ・永遠の救いの原因』となられたのです。
イヴは、木(ツリー)から、人類に『死の実り』をもたらしましたが、マリアは、後に来る十字架の木(ツリー)から、それを遥かに超える『生命の実り』を人類にもたらしたのです。
ですから、幸いなおとめマリアは、救いを望む全ての者の大恩人なのです。
『生命の実り』は、主イエズス・キリストに他なりません。
受肉の神秘、永遠に生きておられる神の御子の、時間における誕生、主のご誕生記念祭、キリストのミサ、すなわち、『クリスマス』及び『クリスマス・ツリー』は、これら一連の、神の人類への救いの神秘の御業に、私たちが感謝を示すための祝祭に他なりません。
『クリスマスの本来の意味』及び『ツリーの意味合い〜かつて木によって死が訪れたが、木によって、しかも十字架の木によって生命が訪れた〜』は、ここにあります。
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Ayaさん、嬉しいコメントありがとぅございます♪そぅいぅ事でございます(。ฺ◕‿◕ฺ。)ノ☆・゜:*
2007/1/24(水) 午後 2:56
感謝のぽち♡ε(❀◕‿◕ฺ)з あ✿ฺり✿ฺが✿ฺと✿ฺう✿ฺ♬ε(◕‿◕✿ฺ)з
2007/1/24(水) 午後 2:57
クリームも早速、傑作ぽちしに来ました!コレからもヨロシクお願いします!
2007/1/26(金) 午前 2:31 [ - ]
クリームさん☆傑作ぽち♡ε(❀◕‿◕ฺ)з あ✿ฺり✿ฺが✿ฺと✿ฺう✿ฺ♬ε(◕‿◕✿ฺ)з ♡これからもどぅぞε(❀◕‿◕ฺ)з ヨ✿ฺロ✿ฺシ✿ฺク✿ฺネ✿ฺ♬ε(◕‿◕✿ฺ)з♡
2007/2/11(日) 午前 5:51
宗教画って好きです。柔らかい色彩に、優しげな曲線。宗教と離れたところから見ても、とても綺麗です。綺麗なものは見てる者の心まで綺麗にしてくれそうで、ついつい見とれちゃうんですよね〜(*´∀`*)
2007/3/3(土) 午前 2:31
コメントご訪問ありがとうございました^^また遊びにきてくださいね^^
2007/3/3(土) 午後 11:26
クリスマスツリーにそんな意味があったなんて。なんだか感動です。これからも少しずつ記事を読ませて頂いていろんなことを知りたいです(^^*
2007/3/10(土) 午前 8:19 [ - ]
イタリアのように、99%がカトリックという国でない、ハンガリーですが、それでも、クリスマス行事は、日本と違って、本格的なのかもしれません。ヨーロッパに暮らしてから、いろいろ実感することも多い日々です。
2007/3/13(火) 午後 10:47
ご訪問&コメアリガトウございました。ポチします☆
2007/3/16(金) 午前 1:50 [ *emi* ]
クリスマスツリーの意味を初めてしりました。イブとマリアの持つ意味の違いも・・・素晴らしいお話をわかり易く聞かせていただける^^ ベネさんありがとうございます
2007/3/30(金) 午前 10:04 [ - ]
訪問アリガトウございました。クリスマスツリーの意味は あまり よく知りませんでしたが この記事を読んでみて 初めて 理解しましたょ。
2007/4/2(月) 午後 3:12 [ kot*u*2007 ]
ダヴィンチのは、今、国立博物館でみれるみたいですね♪
2007/4/17(火) 午前 0:18
クリスマスとは・・・、そうだったんですね。今朝のコーヒーは少し違う味がしました。クリスマス毎年いつも楽しみしています。飾られたツリーを見上げると、いつも心が洗われます。一つ賢くなりました。ありがとうございました。
2007/5/27(日) 午前 9:49 [ kok*de*yasu**i ]
詳細ないわれを有難うございます。私の従兄もカトリック信者でした。スペインで、ボランティァ活動をしていて、肺炎になり亡くなりました。が、穏やかな方でした。
2007/6/19(火) 午後 6:42
こうゆうの好きなんですか?きてくださいね♥(SIMASIMATTI2000)
より
2007/8/11(土) 午前 10:17
勉強になりました。また、時間を作って読みに来たいと思います。。ツリーの意味。リンゴを吊るすのはオマージュ?ポチ。
2007/12/3(月) 午前 9:24
御訪問とコメントと傑作ポチとリンクありがとうございますm(_ _)m。
神様の御業は深く尊く、また人には理解しきれないほどの御愛があり、十字架にかかられたイエス様は…神様の御愛を人に分かる形で現して下さった…。そのイエス様を送り出された御母マリアには感謝の想い禁じえません…。御母マリアが深い信仰をあらわさなければイエス様は…この世界にまだおいでになれなかったかもしれない…創世の始め、人が罪を侵した直後から、罪から人を救う業をなさる為に、永い時を待たれ忍耐された神様の御心…感謝をもって讃えたく思います。
新しい命は…イエス様と新たに出会う中で新しくされ、古い自分が過ぎ去っていきます。クリスマスをただのイベントにしないように努めていきたいです。
あや
2007/12/6(木) 午前 7:27
クリスマスツリ−の本来の意味がとてもよく解りました。
8年前に1m程のクリスマスツリ−を購入しました。そのクリスマスツリ−が今年で1m50cm程に成長しています。
4年程前に私が体調を崩した時、そのクリスマスツリ−がその年の一部分だけが茶色に枯れてしまいました。明くる年、その部分だけ、もみの木の葉を落として、もう駄目かなぁ・・と思っていましたが、私が元気になるにつれて、立派に青々と元気に育ってくれています。不思議ですね。ポチ。
2008/12/9(火) 午後 0:23
訪問&コメントありがとうございます。
とても神聖なる場所ですね。
2009/12/27(日) 午前 10:39
今年もクリスマスツリーを飾る季節になってきました

木から始まった人間の罪が十字架の木によってゆるされ、
生命が訪れたのですね
この記事を読んだら、小さくても本当の木でツリーを
飾りたくなりました
2014/12/2(火) 午後 5:01