キリストの幼少時代やご受難を特徴づける出来事、
またはキリストの栄光や聖母マリアの栄誉を思い起こさせる出来事、
このような出来事こそは、
ほんとうの意味で「神秘」と呼ぶことができるのである。
もちろん神秘という言葉を、
少しずつその光と熱を、
それを探し求めている人々の誠心に、
それを愛している人々のココロに放ってゆく、
見事な、そして霊的に実り豊かな「真理」という意味にとるものとして。
ダイヤモンドは、
最初は極めてつまらない、真っ黒な石ころである。
ロザリオの神秘についても、
同じことが言えるであろう。
そこいらに落ちている石ころのようだが、
好意ある手に、揉みに揉まれる。
ちょうどロザリオの珠のように、
手にじゃらじゃら揉まれているうちに、
いつの間にか、神秘的光を放つようになる。
人のココロを燃え上がらせる、
天上的愛熱を放つようになる。
そして、このロザリオの神秘の放射熱のそばにあっては、
いかなる人為的な光熱といえども、
それはただ冷たいものに過ぎない。
ロザリオの神秘は、
とりもなおさず「良いおとずれ」なのである。
永遠に、その若々しさを失わない聖福音書である。
聖母、天使のお告げを受けられる・・・ルカ1.26
聖母、エリザベトを訪問される・・・ルカ1.39
イエズス、降誕される・・・ルカ2.1
イエズス、神殿に奉献される・・・ルカ2.22
イエズス、神殿で見出される・・・ルカ2.41
イエズス、ヨルダン川で洗礼を受けられる・・・マテオ3.13
イエズス、カナの婚宴で水をぶどう酒に変えられる・・・ヨハネ2.1
イエズス、回心を呼びかけ、神の国の到来を宣言される・・・マテオ5.3
イエズス、弟子たちの前で栄光の輝きのうちに変容される・・・マルコ9.2
イエズス、聖体祭儀を制定される・・・マテオ26.26
イエズス、園で血の汗を流され苦しまれる・・・マテオ26.36
イエズス、鞭打たれる・・・マテオ27.26
イエズス、茨の冠をかぶらされる・・・マテオ27.29
イエズス、十字架を担われる・・・マテオ27.31
イエズス、十字架上でご自分を捧げて死なれる・・・マテオ27.45
イエズス、死者のうちから復活される・・・マテオ28.1
イエズス、天に昇られ、御父の右の座にすわられる・・・使徒1
聖霊、使徒たちの上に降臨される・・・使徒2
聖母、天に上げられる
聖母、栄光の冠を受けられる
ただ、聖母の被昇天と戴冠式の、
最後の2つの神秘だけが、
聖福音にも使徒言行録にも、
「明白」に出ていないだけである。
しかしながら、聖母の被昇天は、
すでに信仰箇条として、公に宣言されたし、
聖母が、天において、天使と人類の女王に立てられたということ、
聖母が、全ての恩寵の仲介者である、ということは、
もぅ疑う余地のない真理である。
それは、霊的に極めて実り豊かな真理なのである。
まもなく、
信仰箇条として公に宣言されるだろう。
私たちはココロから、
それを期待している。
つづく。。
Ave Maria,
gratia plena, Dominus tecum.
Benedicta tu in mulieribus,
et benedictus fructus ventris tui, Jesus.
Sancta Maria, Mater Dei,
ora pro nobis peccatoribus,
nunc, et in hora mortis nostrae.
Amen.
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